2020.08.12

1、テレワークは「不要不急」な人をあぶりだす

 今年の4月~6月期の決算発表があり、東証一部上場企業の28%が赤字決算であることを発表したとの記事がありました。大企業は内部留保があると思いますので、すぐに倒産にはならないでしょうが、内部留保がなくなれば支払いができなくなり倒産に至ることはあり得る話です。当然ですが赤字決算になれば、不必要な経費を削減するという話になります。赤字決算の企業は今後の設備投資の計画や支出が多い分野の計画見直しをせざるを得ません。そうなると本来、仕事が回るはずだった業者に回らなくなります。そんな状況がこれから起こってくることを覚悟しなければなりません。現に私が親しくしている大手IT企業の責任者の方も、今年度後半のオフショア開発案件が急減していると語っていました。これからはコロナの問題も重いのですが、赤字決算による企業活動の委縮の影響がじわじわと顕在化するように思います。

 その中で何が不必要かという問題が出始めています。各企業で行っている新型コロナウィルス感染防止のために行われているリモートワーク・テレワークが不必要をあぶりだしていると言います。ネットに掲載される記事を読むと、コロナ不況によりリストラや降格、給与引き下げの対象になる人が増えるだろうと予測しています。えらいことになったものです。会社の売り上げも減る中で、失業する人、給与が下がる人も増えていくとのことですので暗い気持ちになってしまいます。

 在宅勤務により必要ない人があぶりだされると言われます。それは部下をマネージメントできない管理職と自己管理ができない社員です。人がオフィスにいるときは会議をしていれば、仕事をやっている気になったり、オフィスの自分用の椅子に座っていれば仕事をやった気になっている人がいたことでしょう。実態は何も生産性のあることをしてないにもかかわらず、勤務時間内に会社にいることが仕事をしていることになっていたからです。それでも許される時代でしたが、もうそうはいっていられなくなりつつあります。テレワークになると何をすべきかを自分で考えなくてはいけません。自分で考えられない人は、人から指示されないと何をしていいか決められません。

 コロナの影響で企業も業績が下がっていますので、固定費の削減を進めざるを得ません。在宅勤務になれば、通勤交通費も削減できます。また、オフィスを減らして不動産賃料を下げることができます。そして究極的には、不必要な社員を減らして人件費を下げることができます。赤字を抱えた企業は、そうせざるを得ない状況になっています。

 テレワークによって企業は何が必要で何が不必要かをあぶりだすことができます。無駄な仕事、無駄な会議は徐々に減らされることになるでしょう。また、管理職は社員のモチベーションを与えて、成果を出させるためには、リモートでも的確な指示や管理が必要になります。もしそれができないとしたら、管理職など必要がなく社員が自由に行動したほうが有効です。

 在宅でも新しい価値を生み出せる人は、新しい成果や副業を生み出せる時間が確保できます。成果さえあげることができれば、家事をしたり育児をすることもできます。また、副業で利益を上げても文句を言う人はいないでしょう。このコロナ禍は以前のように企業の価値観に縛り付けられた「企業戦士」は減る可能性があります。ただ、成果を上げられず、自己管理ができない社員は不必要という烙印を押される危険性があります。多くの人にはリスクの高い時代になってしまいました。

2、「一億総中流時代」とは何だったのか?

 日本は高度成長が続き、 1970年代後半に「一億総中流時代」という表現が使われるようになりました。日本は製造業が飛躍的に伸びて、海外への輸出が増えていきました。日本国内では田中角栄元首相の「日本列島改造論」により、公共事業が増えていきました。この公共事業により、大都市部だけではなく地方にも社会インフラが作られて、豊かさが全国に広がっていきました。新幹線があちこちで開業し、高速道路も急激に増えていきました。社会インフラが整備されたことから、地方も企業誘致に積極的になりました。それを成功させるための施策を打ち、製造業の生産拠点も地方に拡がりました。企業進出が進むと地方に雇用が生まれ、税収も拡大するという好循環が生まれ、都市に住む人も地方に住む人も所得が伸びていきました。それが日本の1960年から1980年当時までに起こっていたことです。

 トリクルダウンという経済用語があります。その言葉は「富める者が富めば、やがて貧しい者にも富の滴がしたたり落ちる」という考えです。その当時の日本はまさにトリクルダウンの状態でした。大都市から地方へ、大企業から中小企業へ富がしたたり落ちていく時代でした。平均年収も1975年は200万円未満だったものが、1985年には300万円、バブルを経た1995年には400万円に増えました。ただそれ以降は長期間低迷しています。

この一億総中流時代も終わりを迎えるきっかけが1980年代の後半にありました。きっかけはアメリカの貿易赤字と財政赤字を削減するための西側諸国の先進国が行った「プラザ合意」です。ドル安誘導し、西側諸国の結束を守ろうとしました。それによって急激な円高になりました。円が高くなったことで、外国からの輸入品はかなり安くなりましたが、輸出は大きな影響を受けました。製造業の海外移転の動きが出てきたのはこの辺からのことです。 

日本の製造業は円高不況に政府は金融緩和して支えようとしましたが、結果としてマネーが不動産投資に回り、バブル経済が発生し、それが崩壊することになりました。1991年から1993年まで続いたバブル崩壊です。日本経済はモノからマネーの時代に変貌していたのですが、そのマネーが崩壊してしまいました。急激に増えていたと思われたマネーが泡と化したのです。

 それまでの日本では都市部の経済成長から比較的物価や人件費の安い地方に製造業が移動していました。ところが急激な円高の影響もあり、製造業の海外移転は進みはじめました。グローバリゼーションという言葉がもてはやされ、中国、タイなどの生産拠点を移す企業が多くなりました。そのことにより、都市から地方に利益をもたらすトリクルダウンが終わってしまいました。トリクルダウンがグローバル化することになりました。その時期と合わせて日本の経済成長も止まってしまいました。

 その後の日本は、「失われた10年」(最近は「失われた30年」と言われることも多くなりました)などと言われる長期間の経済停滞に入っていきました。派遣法の改正などもあり、非正規社員が増えていったのもこのころです。今や「一億総中流」だった日本は、格差社会になってしまいました。富める者と貧しい者の格差はどんどん拡大しています。一度貧困に陥ると抜けだせなくなります。教育の水準もしかり、医療もしかり、海外ではコロナ禍においても健康保険に入れない貧困層の死亡率が圧倒的に高いのが現実です。

3、二極化する原理とは何か?

 私はベトナム・ホーチミン市でコロナ禍の街の様子を目の当たりにします。街の中心部で、外国人相手に商売をしていた小売店、飲食店、マッサージなどのサービス店などがどんどん潰れています。中心部は家賃も高く、コロナ禍で外国人の入国を止めているのでお客さんがほとんどいません。高額の家賃を支払っても、それに見合う収入を得られない店は撤退せざるを得ないのが現実です。ところがその中で撤退した店舗の後にすぐ入居する企業があります。それはどちらかというと大企業です。ここ7月、8月には撤退したお店の後に、すき家が入ったり、無印良品が入ったりしました。多くが撤退を余儀なくされる中で、内部留保がある会社や、金融機関からお金を借りる余力のある会社は、この時期だからこそ、有利な立地で安く買い叩いて開業することができます。

 このような経済状況に関しては、ゲームを例に単純化して説明できます。なぜ二極化するのか、少数の豊かな人と多数の貧しい人に分解していく過程をゲームを使って説明します。コイン投げのゲームを想像してください。コイン投げは表が出るか裏がでるか確率は二分の一です。不正がなければ成功する確率と失敗する確率は五分五分と言えます。

 ところが最終的な結果は、持ち金が少ない人から、多い人にお金が移動するだけの話になってしまいます。なぜそうなるかというと金持ちは負けが込んでもゲームを続けることができます。しかし、金がない人は負けが続くとお金を失い、ゲームに参加できなくなります。したがってゲームに参加し続けるのは、お金が途切れない人です。ゲームの場には、ゲームに参加できない人のマネーを少数になったゲーム参加者で取り合うことになります。これが二極化に進む原理です。これが金融資本主義の根本原理とも言えます。グローバル経済の中で金融資本主義が加速していますが、世界はこのような原理で動いていますので、ますます二極化が進むことになります。

 トリクルダウンが可能だった時代は、富がどんどん増えていた時代です。ゲームに負けた人でも何とか資金を確保することができた時代でした。ところが今はゼロサムゲームです。一定のマネーの取り合いになってしまっています。貧しい人の分を富める人が独り占めできる仕組みです。貧しい人は一旦ゲームから退場すると二度と復活できなくなりました。

 現実の経済の中では、お金がある人は投資活動を行い、多少の失敗があっても成功することもあるので、お金を増やすチャンスはたくさんあります。そのような成功が、次の仕事選びや投資の好循環を招いていきます。世界でも積極的に投資を進めるGAFAのような企業がどんどん大きくなっています。その反面、大企業の下請けとなっている中小企業は、大企業の事情で経営事情が急変します。コロナ禍においては、より一層のコスト削減を求められることもあるでしょう。他の企業との取引の機会もありませんから、経営はますます厳しくなっています。

 そのような強者と弱者を調整するのが税の仕組みです。特に所得税や法人税はお金がある人から徴収して、弱者に回していくことによって、貧しい人の生活を守ることが一定の役割です。富のある人も貧しい人もみんなが使うことができる社会インフラも重要な柱です。そのような所得の再配分の考え方が根底にあります。ただ、昨今は消費税のような全員で負担を分け合うような考え方が強くなってきました。以前ほど再配分の仕組みは機能しなくなっています。

 経済成長期であれば運悪く負けた人であっても、再挑戦に必要な機会や職場を探すことはできました。新しい産業も増えていた時代でしたので、自分に合った高給を稼ぐことができる仕事を探すことができました。今日のような成長しない時代には再挑戦の機会も少なくなっています。まじめに働いても報われないとしたら、だんだん意欲を失うことになりるでしょう。

 コイン投げゲームの話をしましたが、必要なのは負けた人が再度ゲームに出られるような再挑戦の仕組みを作ることだと思います。非正規社員になった人が、非正規から抜け出せなくなるような仕組みを変えることだと思います。人にチャンスを与える社会の仕組みを何とか作りたいものです。


4、コロナ後に生き残る方法

 二極化が進む中でのまさかのコロナ禍というダブルパンチです。一層格差が拡大しそうな状況です。グローバル化は中断せざるを得ず、経済活動、社会活動、文化活動も停滞し、全世界に暗い影を落としています。先が見通せず、不安定な状況になってしまいました。私が経営するベトナムの会社も先が予想できないので、一部業務は他の企業への事業譲渡をして、少人数で生き残りをかける方向性を模索しています。弊社が他社との競争できる分野を残して、規模がないと競争できない分野は譲渡して生き残ろうと考えているところです。そのような判断をするのは、今回のパンデミックは働き方や価値観など大きく変化させる力があるからです。中途半端では生き残れなくなっています。高度成長期ではなく、ゼロサム社会だから「集中と選択」は必要になっています。このような局面では、早く変わることができた人や企業が生き残っていくだろうと思います。

 ではどう変わるのでしょうか?まずは自分に何ができるかを考えることです。高度成長期、一億総中流の時代は、会社や社会の時代が与えてくれた成長力で何とかなりました。会社にしがみついていれば終身雇用されました。ところが今はそうはなりません。プロフェッショナルにならなければ、稼ぐことはできなくなりつつあります。ただ、みんながプロフェッショナルになることはできません。プロフェッショナルになれない人は、自分で稼ぐ力をつけることです。収入は少なくても田舎に移って農業に携わるとか、自分の技術を磨くことが必要になるように思います。日本の食糧自給率は37%程度しかありません。各国が自国第一主義になっていく中で、食糧問題は必ず起こってくるでしょう。収入があるに越したことはありませんが、収入が少なくても幸せを感じる生活を探せばいいのです。どう生きるかは純粋に個人の問題になりました。収入は少なくても生活に充実感を持てる働き方が望まれる時代がやってくると思います。以前は会社のような組織の一員であれば安心できる時代でしたが、これからは「個」の力が必要になる時代を迎えると思います。

 また、不必要なものの淘汰が始まる時代になります。通勤、出張、会議、残業、対面営業などがなくなる、あるいは少なくなると思います。紙媒体と判子文化も縮小するかもしれません。キャッシュレスは一層進むと思います。そのような社会になると人に管理されることも少なくなりますので、ストレスは減少するかもしれません。ただ、自己管理できない人はどんどん自堕落になって、会社からも社会からも必要とされない存在になるリスクがあります。

 100年前のスペイン風邪の後、世界恐慌、ブロック経済、第二次世界大戦と歴史的大変動の時代がやってきました。パンデミックは社会を変化させることが歴史的事例でも明らかです。古い話になりますが、日本では平清盛は中国との貿易によってもたらされたマラリアに感染して亡くなったという説があります。その死後、源頼朝によって鎌倉幕府が開かれることになります。本格的な武士の時代が訪れました。

 中世ヨーロッパで大流行したペストにより、ヨーロッパの人口の3分の一が死亡したと伝えられています。それにより封建制に大きな変化がありました。農村人口の大幅な減少により農奴の解放がされました。それらの人々が独立した自営農民に成長していくことになり、封建制や荘園制を変化させました。パンデミックが経済の仕組みの変化を誘導しています。

 これらの例のようにパンデミックによって、次の時代は違った社会になる可能性があります。不安定、不透明な時代ですが、自立する力を持つことができた人はチャンスを手にすることができると思います。お金を持った人は確かに有利ですが、これからは価値観や働き方を変化させることができる人、「個」を確立できる人が、精神的な幸福感を得ることができるでしょう。厳しいコロナ禍ではありますが、変化する絶好のチャンスと考えることもできるのではないでしょうか。

以上