国民の平均年齢が30歳程度の若い国であるベトナムでも「急速に進むベトナムの高齢化」という記事がありました。高齢化が進む背景には、出生率が低下していること、また死亡率が低下していることに起因しています。この半世紀で、世界の平均寿命は21年ほど伸びたと言われていますが、ベトナムでは33年延びているといわれます。ベトナムでは50年もたたない前には、大きな戦争がありましたから、平均寿命の延びは異常と言うことではないでしょう。

 人口の都市集中により、核家族化が進み、少子化の中で教育熱が高まり、少数の子どもにお金をかけるようになってきています。生活の嗜好や文化の嗜好も先進国と似たような傾向を持ち始めました。今たくさんできつつあるイオンモールで、特に繁盛しているのが学習塾のビジネスだと言います。それは先日お話を聞いたイオンベトナム社長から聞きました。ベトナム人の富裕層は、自分の子息を外国留学させることが多いようです。2000年の前までは、旧ソ連や東欧諸国に国費で留学する人が多かったようですが、今は大きく変わりました。

 特に多いのは、アメリカ、オーストラリアです。次いで日本が多いようです。

ベトナム人は、先進国に行き語学を学習して、将来高い給料を稼ぎたいと思っています。富裕層以外の人たちは、技能実習生の制度で日本に行きます。親が借金をして、自分の子どもを日本に送り出しています。そこで働きながらそのお金を親に送りながら、日本語も覚えて、将来の役に立てたいと考えています。技能実習生は3年間日本に滞在できるだけで、もう2度と日本に入国することはできません。ただ、日本語を学ぶことがベトナムに戻っても高収入を得られることだと信じられています。日本の親もそうですが、ベトナムの親は子どもが成功できるように一生懸命です。そのことが少子化の原因にもなっているように思います。

 現在のベトナムの60歳以上の高齢者は、人口の11%に当たる約1000万人ですが、2030年には17%、2050年には25%となることが予想されています。ベトナムの場合、国民所得が高齢化を迎えている先進国の水準に届かないうちに、かなりのスピードで進行しています。高齢化に伴い産業構造が変化をしている日本のように、ベトナムでも高齢化社会に向けた対策を講じる必要が出てきているものと思います。病院などの医療機関の充実、年金制度などの国の制度の充実がますます必要となっていくことでしょう。

 日本は少子高齢化の影響で、世界のどの国よりも人口減少社会を突き進んでいます。そのため若い世代には将来の希望を懐けないという人もたくさんいます。将来に対する希望のなさは、日本の大きな問題と言えるでしょう。日本は人口減少とともに経済が停滞し、希望がもてない国になってしまうのかと心配している人も多いようです。日本の地方に住む人たちは、高齢化と経済の衰退を実感しているように思います。私は誰もが思う人口減少と経済の衰退が、すべて悪い方向に進むとは限らないと考えています。

 ところで、世界の人口はいつも増え続けたわけではありません。伝染病の蔓延により急速に減ったこともあります。中世ヨーロッパのペストの蔓延による人口減少は有名です。ペストの流行のためヨーロッパの人口は三分の一が減少したとも言われています。伝染病や自然災害での大幅な人口減は多少はありました。しかし、人口の急増は、社会や産業システムの大きな変化が影響をしているようです。まずは小さな一歩が農業の革命です。狩猟採集から農耕の発展です。食糧の備蓄や保存ができるようになったことから、人口が増加するきっかけを作りました。その反面、貧富の格差も生まれました。

 人口急増の大きな要因は、産業革命と欧米列強の植民地政策です。大量生産、大量消費が人口の急増を生みました。その威力は抜群です。急激な人口増加を生みました。また、植民地として支配された発展途上国からの輸入もあり、食糧の確保が進み増した。一方で植民地として支配された国も、自給自足が原則の経済から原材料の輸出に伴う換金作物の影響や貿易から利益により、搾取されながらも人口増加の余裕が生まれました。

 その時期、経済学者のマルサスは、その著書「人口論」で人口の増加は幾何級数的に増加するが、生活に必要な物資は算術級数的にしか増加しないので、過剰人口による貧困の増大は避けれらないと主張しました。算術級数では1,2,3,4,5と増えていきますが、幾何級数では、1,2,4,8,16,32と増えるということです。ただ、現実には人口増加と産業革命による物資の増加は幾何級数的に増えたことによって、マルサスの予想は外れることになりました。

世界の人口の推移を国連の統計で調べてみました。

西暦元年 1億人

1000年  2億人

1500年  5億人

1900年  15億人

1950年  25億人

1987年  50億人

1998年  60億人

2011年  70億人

と驚異的な増加傾向を示しています。先進国が少子高齢化を進む中で、人口増加率が多少は減っていますが、なぜこんなに人口増は急激なのでしょうか?

産業革命以降の急増は、産業の発達により、経済力の向上と農業、食糧の保存技術の向上、貿易の活発化なども影響をしていると思います。また、医療の発達、栄養の向上、衛生面の向上もあるでしょう。

 しかしながら、現在圧倒的に人口が増加している国は発展途上の国です。その理由はいろいろあるでしょう。娯楽がないからとか、教育が不足しているから、避妊を知らないからとかいう面は確かにあると思いますが、先進国が安い労働力を期待して、農業生産する農民や工業製品を製造する労働力が途上国に期待されている面もあります。途上国もいまや自給自足ではなく、輸出に頼らざるを得なくなっています。途上国でも人口が増えないとやっていけなくなっています。安い労働力が増えることは、産業社会から見ると都合が良いことです。途上国は以前から少子化ではなかったのですが、社会の進歩に伴い死亡率の低下が人口の増加を生んでいます。そんなグローバル経済の事情が、地球の人間の留まることない増加を生んでいます。

 ところが地球は温暖化やエネルギーの枯渇だけでなく、生命維持のための食糧が今後確保できる保証はありません。特に人口が多いインドを中心とする南アジアは地球温暖化に起因する熱波により、人が住めなくなる大地になるのではとも言われています。その心配を裏付けるような資料があります。これは地球の人口増を表したグラフです。

 産業革命以降の世界が人間を多く養える環境であったことがわかります。ただこのような急速な人口の増加が、地球のさまざまな生物の生存のバランスを壊していたり、地球環境自体を急激に変化させていることを感じないわけにはいきません。先進国の少子化が始まっていることは、自然界の調整が働いているとも感じられるところです。人口増が限界に達し、どこかのタイミングで減少しなければもたないのではと感じます。その点で言えば、日本の人口減少はそれほど悲観することではないと思います。

 縄文時代は狩猟採集の時代でした。狩猟採集の生活をしながらも、定住するだけの食糧を確保することができました。それは食糧と人口がミスマッチしていなかったからです。ただ、日本の縄文時代の全盛期は、対馬海流などの影響で東北や北海道は今よりも温暖で、クリ、クルミ、ナラ、トチなどの主食となるナッツ類が豊富にありました。だから青森市内の三内丸山遺跡にはたくさんの縄文人が住んでいたのです。そのころの縄文人は、26万人ほどいたとみられています。

 ところが温暖な日本列島に気候変動や火山の噴火などの自然災害が見られるようになりました。その変化が食糧と人間の数のミスマッチを発生させることになりました。気候変動から、縄文人が暮らせる地域が南下せざるを得ないようになりました。一部の人たちは住み慣れた地域を離れなくてはならなかったのです。縄文末期は人口8万人ほどに減っていたと言われています。

 ところが縄文人の減少の反面、中国の内戦の影響で難民が大挙して日本に渡ってきた歴史がありました。それが要因で弥生時代になるのですが、弥生文化は農耕や稲作をもたらしました。食料の供給量が上がったことで、再び日本の人口の上昇が始まりました。海外からもたらされた技術革新の影響で、一気に人口が増える局面を迎えました。その弥生時代の紀元前2300年から紀元前1000年間での間に8万から60万人まで人口が拡大したと言います。増え方は多いのですが、グラフで見ると小さな変化です。もともとの数字が小さく、長い時間がかかったからです。

 新しい技術が定着しただけでは、人口もそれほど増えるわけでもないのですが、あるときに生産性が上がる技術革新や、社会制度上の改革で富や食糧が増えたときには、人口の増加がありました。稲作の定着とともに、奈良時代には500万人に増加し、平安時代には700万人になりました。ところが平安時代の700万人をピークに減少しました。その原因は、それまでは一人ひとりが朝廷に租庸調を収めることで経済が回っていましたが、中央集権が形骸化して、耕地の開発にブレーキが掛かったことによります。農地開発まで手が回らなくなったからだと言います。あわせて気候変動のあり、西日本の温暖化と乾燥化で、水田などで水の確保ができなくなったのです。そのころ飢饉や疫病が増え、世の中は末法思想に染まり、将来に失望する思想が蔓延し、停滞を生んだそうです。平安時代は菅原道真、平将門の怨霊(おんりょう)伝説や陰陽師(おんみょうじ)安倍晴明など有名ですね。そんな世相を反映していると思います。人の心理状態が人口の減少を生むことになるのです。

 その人口増加のトレンドは、社会制度やその時の支配体制に影響します。その例としては、室町時代に荘園制度から封建社会の枠組みや貨幣制度が現れ市場経済が普及し始めたころと戦国時代以降、築城技術や土木技術の向上から、農業用水の技術に転用されたり、政治的な統合などが進み、人口が増加した時期もありました。

 江戸時代になると勤勉に働くモチベーションが生まれてきたことや貨幣の発達で、農民の生産性向上の意欲が向上しました。家族型経営の農家では、家族が増えることで生産性が向上し、人手を増やそうとする意識から人口が増加していきました。江戸時代には3200万人ほどになったようですが、そこでピタッと止まってしまいました。その時点の生産力では、3200万人以上は食わせることができなかったことによります。間引きなんて言葉がありますね。

 ただ日本での人口が一気に増えていくのが、鎖国に終止符を打ち開国し、明治維新の西洋化を進めていった時期からでした。西洋列強に植民地支配されるのを防ぐために、大きな改革に着手しました。幕末期3200万程度の人口だったのが、明治、大正、昭和と1億を超える人口を擁するようになっていきました。戦争などの人口減少の時期を経ながらも、大きなトレンドは変わりませんでした。

 もはや日本は貿易立国工業製品を輸出して、エネルギー資源や農業製品などの

食糧は外国に依存する国になりました。江戸時代は鎖国しても3000万人の国民はほどほど維持をできましたが、もはや鎖国では維持ができません。世界のいたる地域が、自国だけで生きていけなくなっています。

 そんな産業革命が進んでいた時期に、将来の社会を見通していた学者がいました。19世紀の経済学者、哲学者「自由論」で有名なジョン・スチュアート・ミルです。ミルはその当時から「ゼロ成長論」を唱えました。ミルは成長・発展と言っても、「それは何を目指しての成長発展なのか?」と問いかけました。それまでの経済学は、経済の成長発展こそが豊かさの基準でした。ミルは、経済成長は永遠に続かない、いつかはゼロ成長、それは定常状態に落ち着くことにならざるを得ないと言いました。「人間にとって最善の状態は、誰も貧しくはなく、さらに豊かになろうとも思わず、豊かになろうとする他人の努力により、誰も脅威を感じることがないような状態である。」と述べています。

「ゼロ成長が貧しさをもたらすものではない、むしろひたすら成長を求めるよりも『定常状態』が人々に幸せをもたらす」と言っています。「経済成長には自然の改変が必然なのですが、ありのままの自然を残すことが、人間の進歩を実現する」と主張しています。人類の相続財産は、金銭的な富ではなく、自然の美であると考えています。人間の精神的・文化的価値を人間の進歩に不可欠なものであり、『定常状態』を政策的に実現することを主張しました。その考え方は元祖環境派と言われる由縁です。このような思想は、経済成長が加速しているころは、関心を持つ人がありませんでした。しかし、近年は再評価され始めていると聞いています。

 ミルの名言を追加してお話しましょう。「幸福以外のものを目的として生きるとき、人は幸福になれる。」との名言がありますが、この意味を一度考えてみてください。 「太った豚より、やせたソクラテスになれ」と言う言葉は、ミルの名言を大河内一男東大総長が違訳して伝えた東大卒業式での挨拶の有名な言葉です。ミルの言葉の引用なのですが、ミルが言ったのは次の通りです。「It is better to be a human being dissatisfied than a pig satisfied; better to be Socrates dissatisfied than a fool satisfied. (満足した豚よりも、不満足な人間になる方がよい。満足した愚か者よりも、不満足なソクラテスになる方がよい)」18世紀の経済学者の言葉は、絶えず成長を求める飽食の思想が、破滅をもたらすことを示唆しているようです。

 この機会なので最近の名言も紹介しておきましょう。結構使われる機会が多い言葉です。世界一貧しい大統領として話題になったウルグアイのホセ・ムヒカ大統領の言葉です。20126月環境問題を討議したリオ+20会議での演説の言葉です。最後のスピーカーだったそうですが、聴衆は少ししか残っていなかったそうです。ただ、そのインパクトから最も有名な演説になりました。「貧乏な人とは、少ししかモノをもっていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことです」と。

 経済成長率ばかり目標にする政治は、この言葉の反対を進もうとしているように見えます。地球における人類は、人間(たぶん自分だけ)の豊かさだけを求めている限りにおいては、ムヒカ大統領の言うところの貧しい人に定義されることでしょう。人口減少が日本を衰退させるとの考えが支配的ですが、これこそが社会思想や社会変化のチャンスを生むかも知れません。経済大国になることが本当に幸せなのか?他の国より経済力がある国に住むことが幸せなのか?人と比較して豊かさを満足するのではなく、自分が喜びを感じるかかわりが持てることが何よりも幸せなのだろうと思います。

以上