2月の原稿はなかなかかけない状況でした。スランプとでも言える状態なのですが、理由ははっきりしています。日本からベトナムに戻ってから、会社の資金繰りで支払いができないものがあると告げられて、今後の収支予想からも厳しい判断が必要なことを感じたからでした。会社を運営しているとキャッシュフローの問題は最も重要な問題です。雇われ社長として、まだ十分能力が足りない私は、このような事態に眠れないような気分になっていました。ただ実際はかなり眠れているのですが、あまり明るい気持ちではいられませんでした。そんなこともあり、原稿を書く心の余裕を作ることができない状況でした。

 冒頭から恥ずかしいことを書いてしまいましたが、恥をかいたついでに余計なことも話してしまいましょう。日本に帰ったとき、小林さんたちが東京に出てきていただいたので、楽しくお話ができました。久しぶりにお会いしてとても楽しいひと時でした。

 ただ、家族とはそんなに話ができませんでした。私が関西の出張があったり、長野の実家に寄ったりとあまり自宅にいない帰国の日程でした。自宅のある横浜では長男とその家族が転居していることもあり、娘たちも嫁いでいるので、また妻は飲食店を経営していることもあり、会話の少ない変な家族の状態でした。そこで知ったのは、私は連絡をもらってなかったのですが、息子夫婦に子供が誕生していました。こんなことを書くと、家族のつながりがないのではないかと思われるのですが、それぞれ自分のやることがあるので、あまり家族で干渉しない関係とでも言っておきましょう。息子とその上の子供たちとは、長野の実家に一緒に行ってきたので、関係が断絶しているわけではないことは断っておきます。ちなみに私は孫がこれで7人になりました。変な話ですが、妻は孫が10人になりました。少子化の時代ですが、我が家だけは、少子化にならないように日本社会に貢献しているのかもしれません。恥のかきついでに、余計なことをしゃべってしまいました。

 さて、今回はこんなみっともない話から入ってしまいました。社会ではいろいろなことがあるようです。日本では信号無視の車にはねられて、若いお母さんが子供をかばってなくなったという痛ましい事故のニュースがありました。私も小さな孫がいるので、なんとも痛ましい気持ちになりました。あわせて、金正雄(キムジョンナム)が暗殺されたというとんでもないニュースがありました。北朝鮮の話ですが、日本から見たら信じられないような国の状態です。そんな理不尽なことが公然と国の指導者が行うとはあきれる限りです。そのようなニュースを目にすると人間の運不運や権力者の横暴のほうが勝り、生きる意味ってなんだろうかと妙に考えてしまいます。ただ、北朝鮮の権力者の横暴は、実は人間社会では結構ありえる話です。古今東西、大量虐殺が発生することはまれな話ではありません。いじめによる生徒の自殺なども、人の痛みを気づかないことにより起こる問題だと思います。

会社を経営する悩みは、サラリーマン時代とはかなり異なる悩みです。サラリーマンのときに比べ、守備範囲が多く、つらいことも多いのを今になって始めて感じました。ただ、それを知らないよりも知ったほうに意味があるだろうとは思います。苦しいときは、前向きな気持ちを持つことが大変ですが、何もしていないと逆に余計に考えすぎて、悩みの渦から抜けられなくなります。それを抜け出すためにも何か行動はしたほうがいいことを感じました。書くまでは大変ですが、書くことが見つかると何とかなるものですね。こんな悩みを親しい経営者に話すと「自分はしょっちゅう経験しているので慣れてきた」といっていました。またまだ、その人に比べると私は未熟なことを痛感しました。ただ本当に苦しいときは、笑える場面にいることが救いになるようです。世の中で笑いが大切な深い理由があることを感じます。未熟な自分を笑いに変えて乗り越えていくことが必要だと痛感します。

解決できない悩みを抱えて、不条理な事故、事件のニュースを見たときに、ふと昔読んだ書物のことを思い出しました。経済問題よりも精神世界について触れてみたいと思ってしまったのが今回です。今回紹介をしようと考えているのが、ビクトール・フランクルが書いた「夜と霧」という書籍です。フランクルは、1905年オーストリアに生まれた精神科医です。

彼は1933年から、ウィーンの精神病院で女性の自殺患者部門の責任者を務めていましたが、ナチスによる1938年のドイツのオーストリア併合で、ユダヤ人がドイツ人を治療することが禁じられ任を解かれました。194112月に結婚しましたが、その9ヶ月後に家族と共に強制収容所のテレージエンシュタットに収容され、父はここで死亡し、母と妻は別の収容所に移されて死亡したとのことです。フランクルは194410月に悪名高いアウシュビッツに送られましたが、3日後にテュルクハイムに移送され、19454月にアメリカ軍により解放されるまでの2年半を強制収用所で過ごしました。

「夜と霧」はその収容所での体験を書いたものです。私が今回取り上げる気持ちになったのは、不条理や苦難になったときのものの考え方を教えてくれるからです。東日本大震災のときに東北のある書店で山積みしたところ、相当部数が売れたとのことも聞きました。何かを喪失したり、苦難に直面したときに、人は心の持ち方によって救われることがあるようです。

日本での翻訳初版は、1956年とのことですので相当前の書物ですが、何かを与えてくれる本で多くの人に読み次がれている本のようです。そんなわけで今回は、私の心の欲求から、「夜と霧」をご案内する今までとちょっと変わった内容になることをお許しください。学生時代に読んだ本でしたので、内容の再確認はNHK Eテレの100分DE 名著」を参考にさせていただきました。伊集院光が担当している番組で、私は実際には見れないので、ユーチューブで見ました。

そこにはフランクルの2年半の収容所での体験が書かれています。アウシュビッツにつれてこられたばかりに、囚人たちが看守の指の動きで、右と左に並ばされたことがあったようです。フランクルのときは、看守が迷いながらも右に並ばせられました。少し後で看守に「左側の人たちはどこへ行ったのか」と聞くと建物の煙突を指差して、「天に昇っていった」と伝えられました。ガス室に送られて、殺され燃やされてしまったのです。絶望の中にある収容所の人々は、表情がなくなっていったとかかれています。その中で生き延びた人は、頑強な人ではなく、繊細な人たちだったと書かれています。神に祈る人たち、オペラを歌う人、どんなときでもユーモアがいえる人、そんな人が生き残ったといいます。絶望した中でも人間性を失わない人がいたことを伝えています。まだ、70年前の出来事で、何の罪もない人がこんな恐ろしいめにあっていたとは、自分のこととして捕らえると恐ろしい限りです。

収容所の絶望におかれた人たちは、生きる意味があるのかを問い続けます。二人の囚人(囚人と書くのが妥当かはわかりませんが)がフランクルと話をしました。「もう人生から何も期待できない」と二人は話し、自殺したほうがいいと考えていました。彼らにフランクルは言いました。「それでも人生は、あなたに期待している」「待っている何かがあるはず」と話しました。二人はそこで「そうだ私には待っている家族がある」「私は研究論文をしあげなくてはならない」と生きる希望を抱きました。

フランクルはこう書いています。人生に何を期待できるのではなく、人生が何を期待しているのかが重要です。人間は人生から問われている存在であり、私が人生を問う前に、人生が私に問いかけてくるのです。人生に何かを求めているときは、欲求不満の状態であり、何かがあなたに期待をしているかが重要だと書かれています。欲望中心の生き方ではなく、使命感を持った人生が大切といっています。

次にフランクルは、生きる力を与える3つの価値を説明しています。それは運命と向き合って生きる力だといっています。第一に創造価値です。自分に与えられた仕事で、社会や人にたいして何かを自分が実現していく価値です。大きな仕事とか、小さな仕事とかは関係なく、誰かに喜んでもらうことに価値があるといっています。

第二に体験価値です。あなたが体験したことはどんなものでも奪えない。苦しいとき、極限状態で得るものがあるといっています。フランクルは極寒の作業場への行進のときに、死んだはずの妻のまなざしを感じたことを書いています。苦しい中で妻を愛したという体験価値に支えられて厳しい労働に耐えることができたと書いています。先に亡くなった人との関係性が、過去の記憶として、今いる人を支えることがあります。先に亡くなった人にもその存在した価値があるのです。これが亡くなった人にも生きている人にも、意味のある人生ということかもしれません。

第三に態度価値といっています。収容所内で重いチフスに罹り、なくなる寸前の少女との会話が書かれています。少女の言葉です。「私はひどい運命に感謝しています。今までは甘やかされすぎて生きていました。窓の向こうに立っている木は私の友人です。その木が私に返事をしてくれました。私はここにいると、永遠の命をもらいました」死を前に自分のとるべき態度を少女は表しました。フランクルは、どんな状況においても自分の態度を選ぶ自由があるといっています。苦しいときに人のものを盗む人もあれば、何もないのに少しでも他の人に分け与えようとする人もいます。どのような態度を選ぶかは、その人の究極の自由だといいます。

フランクルは苦悩の先にこそ光があるといっています。苦しみや死に向き合うことこそが意味があるといっています。苦悩こそが、人間の本性であって、幸せになりたいというのは本性の逆だといっています。苦悩の中には二つの苦悩があるといっています。それは何かのために悩むことと悩みのために悩むことです。悩みは他者とのかかわりの中で生まれるもので、自分だけの世界にとどまっている自分探しは、本当の苦悩ではないといっています。

どんな運命も二度は繰り返しません。この運命を引き当てた人こそ、解決の道筋を見出せるチャンスがあるといいます。運命はその人だけにしか与えられない贈り物といっています。人生を成功⇔失敗の水平軸だけで見るのは誤りで、意志⇔絶望という垂直軸も必要だといっています。勝ち組、負け組という言葉だけでは、人生の意味はわからないといいます。問題を乗り越える意志が人生を豊かにすると考えています。

単に経済的に豊かであることは、むなしいことにもつながる。ただ、そのむなしさと向き合うことが人生だといっています。ストレスやプレッシャーがないことのほうが問題で、人生の意味を得る耐性がなくなってしまうといっています。欲求だけが極大化すると、見たいものだけ見て、見たくないものは見ない状態になります。そのような人は人とのかかわりも狭く、蓄積のない人になるのです。悩みと向き合った人は、過去が宝物になる。苦悩を経て未来がやってきたときにはかけがえのない財産を得ることができる。そんな過去は蓄積されるべきものと述べています。

最後に収容所にいたユダヤ人たちの言葉を残しています。「それでも人生にYESという」人間は人生から問いかけられている。人間が絶望しても人生は絶望しない。

紹介した「夜と霧」の内容はどうでしょうか?なかなか難しいところもありますが、つらいときの心の支えにはなるように思います。人生の中にはいやなことがたくさんあるものです。それの乗り越え方は、時には悩み、つらい経験を蓄積していくことによって解決できることがありそうです。心の傷が少し時間があいたことで、かさぶたのようになってきたようです。

今回過去の原稿を見て驚きました。2012年からスタートして、毎月放送していただいているようです。6年目を迎える中には、いろいろな精神状態で迎える場面があります。今回は今までにない精神状態で原稿を書きました。こんな思いをもって、ユダヤ人の精神科医のお話をお伝えしました。自分の精神状態をさらすようでちょっと恥ずかしいのですが、今回の精神面の話もたまにはお許しください。

以上