最近起こっていた話題からお伝えしましょう。ベトナムの市街地の歩道を歩くあちこちで出入り口の階段などを取り壊している様子が目に入ります。それは歩道に飛び出た構造物、階段、看板、庇などを取り外す必要があるからです。

今まではベトナムの不動産所有者は、不動産を有効活用するために公共の道路(歩道)との境界ぎりぎりに不動産を建てていました。雨季になると激しいスコールも降るので水が浸水しないようにグランドフロアは、段差をつけて建設します。そのフロアにバイクを入れたり、お客様は入りやすくするための階段を作ったり、バイクを搬入しやすくするスロープを作っていました。その階段やスロープは、歩道にはみ出して作られていました。

みんながやっているので今まで大目に見られていました。ここにきて厳しく取り締まるようになりました。公的機関が違反した建築物の突起部分の解体を一方的に始めました。あちこちでこのような光景が見られるようになりました。この解体の費用は不動産所有者に請求されるようです。そのため自ら取り外している所有者も増え、あちこちで取り壊しをしていました。その後で移動できる階段を置いて、とりあえずお客様が入りやすいようにしているレストランがあちこちであります。あちこちに臨時の階段が置かれているのは、たまたまベトナムに来た人には不思議に感じるでしょう。政府の号令があると徹底して行うのがベトナム流です。バイク運転時のヘルメット着用のときもそうだったのですが、決まれば一気に行政が動きます。どんな事情も許されません。歩道にはみ出した突起物を、適正に排除することは正しい判断とは思いますが、日本人から見ると一気に実行する徹底振りには驚きます。

そんなベトナムですが、南部の4月は乾季の最終盤になりますので、1年でもっとも日中の気温が上がる時期です。40度近くまで気温が上昇することもあり、そこでゴルフをするとくたくたになります。こんなときに限って、日本からのお客様とゴルフのお付き合いをする機会が皮肉にも多くなってしまいました。

ところでベトナムは、祝日が極めて少ない国です。4月はその中では多い月です。たった二日だけですが。ベトナムの祝日は、1月1日の元旦、4月30日の南部開放記念日、1975年サイゴン陥落を記念した祝日です。その翌日の5月1日のメーデー、9月2日の建国記念日、これは第二次世界大戦が終わり、ホーチミンさんがベトナムの独立を宣言した日です。何日と確定している祝日はこれだけです。

それ以外に、太陰暦(旧暦)で決められた祝日があります。ベトナムの代表的な祝日はテトです。中国では春節という旧正月の休みです。旧暦の12月30日の大晦日から、1月3日までが休みです。今年は1月27日から31日でした。日曜日が入ると振替日が追加になります。最近は土曜の分も振替にするよう政府の指示があります。来年は2018年2月15日~19日になるようですが、旧暦に慣れない外国人はよくわかりません。旧暦の日で設定している祝日がもう一つあります。「フン王の命日(Ngay Gio To Hung Vuong)」という祝日です。それは旧暦の3月10日となっていますので、おおむね四月になります。今年は4月6日でした。多くの日本人駐在員は直前まで祝日だと言うことがわからず戸惑う人がいます。

さて、フン王の命日というので、偉大な王様の命日かと思いきや、ちょっと違うようです。最初の王の命日だと思うのですが、はっきりしたことは書かれていません。フン王というのはベトナム史上初の国家とされるバンラン(文郎)国の18代に渡る歴代王の総称だそうです。フン王の命日は、ベトナムの国家と民族の基礎を築くために尽力した18人の王の功績を称える行事だそうです。2007年から祝日に制定された新しい祝日です。

最初のフン王は伝説の王ラック・ロン・クアンと王妃アウ・コーの子どもで、そこから始まったフン王の統治は、紀元前2879年から紀元前258年まで続いたようです。そのことからベトナムは5000年の歴史があると考えている人も多いようです。ベトナム人のプライドはここから来るのかもしれません。中国4000年の歴史より凄いですね。日本で言うと旧石器時代や縄文時代のことをさすので、まだ縄文の小さな集落があった当時だと思います。日本の神武天皇のような伝説の王様と考えていいのではと思います。ベトナム北部フート省がその地とされ、フン王を称える祭りと民謡など三つがユネスコの世界無形文化遺産に認定されています。ベトナム民族の発祥の地とされている北部フート省だけでも、フン王を祀る施設が326ヶ所あります。そして、全国には1400ヶ所もの施設があります。フン王を祀る信仰はベトナム人の血となり肉となり、ベトナム人の結束力をつくっています。

1月の放送のときに、日本に行ったら買いたい本として、「サピエンス全史」のことを触れました。人類、ここでは書物に沿ってサピエンスと言うことにしますが、サピエンスが発展したのは、虚構を作ることで組織をまとめることができるようになったと書かれています。架空の話ではないかもしれませんが、ベトナムのフン王の話もそれに近い意味がありそうです。日本で買って読み始めていたのですが、帰国当日上巻がないことに気がつきました。飲み会も多かったので、どこかで落としてしまったようでした。帰国は深夜の1時30分の便だったので、本屋は開いておらず上巻なしでベトナムに戻ってきました。仕方ないので、人に頼んで上巻だけを買ってきてもらいました。せっかくなので簡単に内容に触れたいのですが、かなり長い本なので、ごく簡単にお伝えしておきましょう。たださすがに頭の中にあることでまとめるのは難しいので、あまりうまくお伝えできないかもしれません。それに上巻は読みたいと言う人に貸してしまったので、私が覚えていることだけをお伝えすることになります。

この本は、サルから進化したホモサピエンス(賢い人と言う意味のようです)の歴史と未来が書かれた書物です。サピエンスには傍系にあたるネアンデルタール人もいましたが、滅んでしまいました。サルから進化した地点から、未来の人間にいたるまでをマクロな視点で捉えており、人類はどんな方向に進んでいるのかを考えることができる書物です。

ホモサピエンスが発展を遂げたのは、まず認知革命があったからと言っています。言葉や他の人とのコミュニケーションや新しい考え方を得たことをさします。ネアンデルタール人はその面で劣っていました。言葉を話す力がホモサピエンスより足りなかったと言われています。喉の構造上の違いが影響しているようです。一方のサピエンスは、客観的な現実だけではなく主観的な世界や人が共有できる虚構を作ることで、集団をまとめることができるようになりました。それが強い集団の力を保つために必要だったのです。それは、宗教、神話、占星術など人の想像力を源とした虚構です。

その次に、変化をもたらしたのは、農業革命といっています。農業革命によって人口は急増し、小集団で狩猟採集をしていたサピエンスは定住して、統合の道を進むようになりました。その原動力になったのが、貨幣、法律、国家、身分という虚構です。国家は、小さな国家がより強くなるために集団をまとめ、ローマ帝国のような帝国になっていきました。大きな組織は支配するための虚構がますます必要になります。

著者は農業革命を史上最大の詐欺という言い方をしています。大規模な協力を前提とした虚構が、平等に分配する思想から、富の蓄積が可能になったことから、格差や搾取がうまれて、人種や性別などの差別を生むようになったと言っています。この農業革命により、他の生物や個々のサピエンスが幸せや苦しみにどのような影響を与えたかを省みられなかったのが、歴史理解にとって最大の欠落と言っています。サピエンスには長時間労働をもたらし、自然界には多くの動植物を絶滅させました。サピエンスのために家畜化された動物は種を残しましたが、不自由で短い生涯を送っている家畜の目線で言うと、農業革命はそれらの種にとって「惨事」だといっています。家畜になるより、厳しいけれど自然な中で生きるほうが幸せには近いかもしれません。サピエンスも狩猟採集の小集団で生活していたときに比べて、幸せになったとは限らないとも言っています。

もう一つの革命を科学革命と言っています。およそ500年前から始まったこの革命は、サピエンスに空前の力を与えるのですが、自らの無知を認めることがきっかけだったと言っています。それまでは聖書などに書かれていることは事実で、進歩という思想はありませんでした。知識の追求には費用がかかりますし、批判勢力も出てきます。科学が進むには、政治と経済の力が必要です。進歩は科学と政治経済の相互支援に依存しており、政治や経済の機関が、資源を提供して、そのお返しとして科学研究は新しい力を提供しています。その新しい力で、新しい資源を獲得し、また科学に投資する循環が進歩を促進したとしています。

この科学革命をきっかけとした変化が、なぜアジアではなくヨーロッパで起こったのかを著者はユニークな考えを展開しています。西ヨーロッパは後進地域でした。巨大な帝国の中心であったことはなく、地中海沿岸や中近東、中国のほうが中心でした。それを解く鍵は、「科学」と「資本主義」なのですが、それだけではアジアとの違いははっきりしません。アジアではテクノロジーが欠けていたのではなく、「探検と征服」の精神構造とそれをよしとする価値観や神話、法律、政治経済の体制がなく、逆に西ヨーロッパにあったからだとしています。政治経済体制は資本主義的な思想と言うことになるでしょう。科学の進歩と資本主義とは相性がよいものでした。将来的にパイは拡大し、富が増えると信じることができれば、さらに儲けようと研究開発し投資は拡大し、劇的に経済発展をもたらすのが近代の資本主義です。

著者が西ヨーロッパにあったものとして重視した「探検と征服の精神構造」とは、「地平線の先に何があるかは誰も知らない。だから探検に行こう。そうすれば、何か知識を得ることができ、その知識は力になるはずだ」という思想です。当時の西ヨーロッパの人たちは、変わった人たちでした。この当時の宗教改革の動きにも影響しているかもしれませんが、中国やイスラムの国々にはそのような発想はありませんでした。手に入れた知識は、自分が独占でき、それを周りの世界を管理し、変化させることができます。アメリカ大陸を支配できたのは、そんな新しい力と科学の力、特に銃の力でした。そのことにより、西ヨーロッパ諸国による植民地化が進んでいきました。その中では、スポーツや文化によって植民地をまとめる力のあった大英帝国が君臨することになりました。それも科学と虚構(ルール)の力です。

最後の章は、「超ホモサピエンスの時代へ」として、今後サピエンスがどうなっていく可能性があるかを触れています。生命の法則を変えうる新しいテクノロジーに言及しています。サイボーグ工学もその一つで、有機的な器官と非有機的な器官を組み合わせた生物が可能になることを示しています。たとえば、簡単にいえばめがね、ペースメーカー、補聴器などもその組み合わせと言うことができます。いずれはコンピュータとサピエンスの組み合わせが考えられると言います。医学的な研究で身体障害者の義手や義足なども高性能になってきていますが、脳の働きを察知して、手や足を動かす技術はどんどん進んでいます。コンピュータと人間の融合とは、シュワルツェネッカーの「ターミネーター」のような話ですが、おこる可能性がないとは言えません。資本主義の投資は新たな投資を生み、科学技術の進歩を促す富の拡大が永遠を続くことができれば、その領域まで行くかもしれません。すでにスマホ、携帯電話などは、体の一部分のような使い方になっています。たとえば他人の電話番号などを脳に変わって記憶しています。人間の記憶は逆に退化していくのかもしれません。

長いサピエンスの歴史は、「統一」の方向に進んでいると言います。地球の各所に数千の部族が点在していた後で、数箇所に古代文明が誕生し、サピエンスを統合していく流れが続き、今では地球全体がグローバル・ビレッジになっています。通信の技術革新から、サピエンスは巨大なコミュニティの属しており、世界全体が密接につながっています。

著者はあとがきで次のように述べています。「7万年前、ホモ・サピエンスはまだ、アフリカの片隅で生きていくのに精一杯の、取るに足りない動物だった。ところがその後、全地球の主になり、生態系を脅かすに至った。

不幸にも、サピエンスによる地球支配はこれまで、私たちが誇れるものはほとんど生み出していない。私たちは環境を征服し、食物の生産量を増やし、都市を築き、帝国を打ちたて、広大な交易のネットワークを作り上げた。だが、世の中の苦しみの量を減らしただろうか?人間の力は増したが、個々のサピエンスの幸福は必ずしも増進しなかったし、他の動物はたいてい甚大な災禍を招いた。

人間には数々の驚くべきことができるものの、私たちは自分の目的が不確かなままで、相変わらず不満にみえる。カヌーからガレー船、蒸気船、スペースシャトルへと進化したが、どこへ向かっているかは誰にもわからない。私たちはかつてなかったほど強力だが、それほどの力を何に使えばいいのか見当もつかない。人類は今までになく無責任になっているからなおさらよくない。物理の法則しか連れ合いがなく、自ら神にのし上がった私たちが責任を取らなければならない相手はいない。その結果、私たちは仲間の動物や周囲の生態系を悲惨な目にあわせ、自分自身の快適さや楽しみ以外はほとんど追い求めないが、それでも決して満足できないでいる。自分が何を望んでいるかもわからない、不満で無責任な神々ほど危険なものがあるだろうか?

 

以上