2018.3.22

 

 この2月は1年ぶりに日本に帰りました。その期間中、関東、中部、関西を行ったり来たり往復の日々を送り、日本に2週間ほど滞在をしました。その間に感じたことをまずはお伝えしようと思います。ホーチミン市のタンソニャット空港272355分発のJALに搭乗し、羽田に翌朝655分着の便で日本に行きました。深夜便ですが満席の状態です。日本につくと平昌オリンピックが始まり、日本ではほぼ毎日オリンピック中継でした。久しぶりに見るオリンピックは、日本選手の活躍もあって興味深く見ることができました。長野には帰ったのですが、地元選手の活躍もあり、とても良い気持ちにさせていただきました。ところがベトナムに222550分の便で戻ると、一般のTVではオリンピックが行われている形跡はありません。その上、オリンピックの競技をユーチューブで見ようとすると、競技の部分はカットされていました。たぶん高額な放映権を守るため、海賊版のような映像の配信は認められないからでしょう?ところ変われば、関心が異なることを如実に感じました。

 ところで、私はほぼ日本にいないので日本の携帯電話を持っていません。その代わり、それに準じる電話回線を準備するのですが、今回はCloud Softphoneを進められました。安いこととベトナムでも使える利点があるので、それに契約をしました。ただその電話は、ネット環境がある場所以外は使えません。ベトナムの場合は、ほぼどの店に行ってもネット環境(WIFIの環境)があるので、ちょっと油断をしていました。東京でも、大阪でも、ほぼどこのレストランに行っても、「WIFIは利用できない」と言われました。私の電話はインターネット環境下にないと使えないので、電話を受けたり、かけられない状態でした。ベトナムでは「WIFIパスワードを教えてください」というと店員が、私のスマホにパスワードをいれてくれることもあります。そうするとラインもスカイプもできるようになります。最近はベトナムから日本に行くときには、ベトナムでも日本でもWIFIの電波を拾うルーターを貸与している業者があります。それを使えばいいのですが、ケチるとこのようなことになります。

 通信環境の面だけで言うと、ベトナムでの生活のほうがかなり便利と感じることがたくさんあります。弊社のベトナム人社員はほぼスマホを持っています。ベトナムではスマホを持っていたほうが色々便利です。アルバイトや物を売りたいときに一般人でもフェイスブックを活用します。そこで仕事を得たり、物を売ったりします。また、シェアリングビジネスも盛んになり始めました。バイクや車のシェアリング(ウーバーやグラブ)、エアーBアンドB(AirBNB)と言われる現地の人から家を借りるサービスなども盛んになり始めています。これらを見るにつけモバイル決済の進展は、日本より早く進むことを感じます。

 みなさんは中国の都市部の変化を聞いたことがありますか?中国の都市部では、現金での取引よりモバイル決済のほうが喜ばれるようです。中国でモバイル決済が普及した理由はいくつかあるようです。中国には偽札が横行していたためにセキュリティーレベルの高い電子決済のほうが安全だったこと、パソコンの時代を飛び越えてスマホになったこと、人口が多くシステム構築の費用が割安ですんだこと、また利用者が多く決済手数料が安くて済むことが普及の背景にあるようです。

 また、日本のスマホの決済システムは、クレジットカードをプラットホームにしています。そのためクレジットカード会社が立て替えて支払い、銀行、クレジット会社、販売会社に手数料を払わなければなりません。ところが中国の場合は、個人の銀行口座に連動しています。スマホ各種サービス運用会社(たとえばアップル)が直接銀行と清算業務をしていることになります。そのことが利用手数料も安くみんなが使うようになったらしいのです。クレジットカードは、VISAMaster,JCBなどの国際カード会社、カードを発行するイシュアー(カード発行会社)、加盟店開拓や管理を行うアクワイアラー(加盟店契約専門業者)がおり、それぞれが手数料をとる仕組みになっています。その点で後発の中国のほうが、無駄な間接費用を省くことができていると思います。

 中国では無人の小売り店舗も増えていると聞きます。スマホで小売店、飲食店のQRコードを読み取ります。そのQRコードは店舗の仮想口座だと言うのです。そのコードを読み取り、支払う金額を自分で入力し、受取人である小売店に送金をすれば、商品の購入ができるのだそうです。中国ではALIPAYWeChatの電子決済が拡がり、中国の大都市ではどこでもモバイル決済ができるようになっているようです。ほんの数年前までは、中国人が使っていたのは、銀聯(ギンレン)カードです。2002年に設立された銀聯 カードですが、今まで単独の銀行でしかできなかった決済を、多くの銀行がオンラインでつながって、決済できるようになりました。ばらばらだった銀行間の決済システムやルールが統一されたことにより、多くの中国人が利用するカードになりました。それから10年を超えたばかりですが、モバイル決済市場が広がってきています。それがアリペイ(ALIPAY)とウィチャット(We Chat)です。中国のモバイル決済市場はアリペイとウィチャットの2強が市場の約9割を占める寡占状態です。このようなことは中国で進んでいますが、ベトナムでも同様な動きがあります。ただ人口規模が一億人弱の国ですので、中国ほどは大きくはならないだろうと思います。

銀聯

Alipay

Wechat Pay

運営元

中国銀聯股份有限公司

Ant Financial Services Group

Tenpay Payment Technology Co., Ltd.

設立時期

2002

2004

2011

取扱金額
2016年)

RMB 72.9 trillion
(約1,1498,991億円)

RMB 11.5 trillion (US$1.7 trillion)

RMB 8.5 trillion (US$1.2 trillion)

加盟店舗数

世界4,000万店,ATM220万台(内、海外700万店)

中国内200万店舗以上

100万店舗以上
2016年末時点)

利用者数

60億枚以上発行

4.5MAU

6MAU
2016年末時点)

モバイル決済シェア

1.10%

50.40%

38.10%

利用可能国

160か国・地域

中国、韓国、タイ、香港、日本など70ヵ国・地域

中国及び諸外国の提携店等

 そのような中国や東南アジアの現状を踏まえて、今回も日本でいくつかのセミナー講師をしました。セミナーの内容は、私の仕事の基盤になっているベトナムの経済や産業、そこで活躍する日本企業の現状の話です。特に取り出してお伝えしたことは、必ずしも日本がすべてにおいて先進国ではないこと、また、途上国でさえ先進国的な問題を抱えるようになり始めていることです。先進国にとって成長力の停滞は避けられないのではとも感じることはあります。成長の限界は必ずあると思いつつセミナーをしています。

 まず私は歴史について話し始めます。今発展途上にある国が、歴史上遅れていたとは限らないからです。ベトナムには文字があったことから紀元前からの歴史(あるいは神話かも知れません)が残っています。紀元前2671年バンラン国が建国して、フン・ヴァン王が即位したこと、紀元後43年には後漢の光武帝に対してチュン姉妹が反乱をしたことなど、ベトナムの教科書では触れられています。ところが日本に関する歴史的記載が残っているのは、紀元後、それもかなり遅れてです。それに中国の文献に記録があるのみです。魏志倭人伝では邪馬台国の卑弥呼が使者を送ったことが記載されています。それは紀元後239年のことでした。それ以外に478年宋書倭人伝に倭の五王「讃(さん)・珍(ちん)・済(せい)・興(こう)・武(ぶ)」が使者を送ったとの記載があります。日本独自の記録が残るのが古墳時代を過ぎ、飛鳥時代と呼ばれる時代まではありませんでした。その点からも日本に較べてアジアの文明のほうが進んでいたともいえます。

 ただ、私は縄文時代の貧富の差がない、自然と融合した時代が必ずしも文明から遅れているということではないように思いますが、現実に文字を中心とした文明が成熟するのは日本はかなり遅かったということができます。インド、インドシナ、中国は、宗教的な面でもさまざまな遺跡があります。8世紀代に建造されたインドネシア・ジャワ島のボロブドール遺跡、12世紀のカンボジア・アンコール遺跡、11世紀からのミャンマー・バガン遺跡、中国、始皇帝時代の兵馬俑の遺跡なども有名です。そのような文化が育っていたことは深い人間性が開花していたことではないかと思います。このような歴史的な遺産が、アジアにはたくさんあります。

 このこと自体は古代史の話で、今現在の国力の違いは明らかに日本の方が上なのですが、あまり知られていない現代ベトナムの事実を伝えます。現在ベトナムは貿易黒字国に成長しています。ベトナムの世界で見た上位の生産物は以下の通りです。胡椒1位、カシューナッツ1位、コーヒー2位、天然ゴム3位、甲殻類(エビ・カニ)4位、米4位と農業水産物がメインの農業国のように見えます。ところが貿易黒字に貢献している品目は何かというとJETROの資料には各種電話機という項目が書かれています。各種電話機とは主にスマートフォンのことです。ベトナムはスマートフォンの輸出大国なのです。

 なぜ、スマートフォンの輸出大国かというと世界的なメーカーであるサムソンがベトナムでスマホを作っているからです。サムソンがベトナムで作る理由は、労働者の賃金が月3万円から35000円程度と安いにもかかわらず、手先が器用で長時間同じ作業をすることに耐えられる耐久力がある国民性が影響しています。他の国で作るより有利なのです。ベトナムの弱点もあります。部品の供給が十分できません。裾野産業が戦争の影響で育っていないためです。しかしながら、その弱点を補う利点があるのです。海外から部品を輸入しても、人件費の安さで製品の価格上昇はそれほどにはなりません。その上、品質も決して低くはありません。きちんとした管理体制でやればできる国なのです。

 ベトナム政府もそのような特性を理解しているので、世界各国との自由貿易協定には積極的に結んでいます。ATIGA(アセアン)、ACFTA(アセアン・中国)、AKFTA(アセアン・韓国)、AJCEP(アセアン・日本)、JVEPA(日越経済連携)、AIFTA(アセアン・インド)、AANZFTA(アセアン・豪州・ニュージーランド)、VCFTA(ベトナム・チリ)、EEUVFTA(ベトナム・ロシア・旧ソ連諸国)など幅広く経済連携を結んでおり、自国の強みを生かそうとしています。そのことは日本ではあまり知られていません。ベトナムは親日国とよく言われますが、外交戦略は幅広く等距離外国を展開できるしたたかさがあります。日本だけに頼っていません。アメリカだけを頼っている国とは考え方が少し違います。

 ところでベトナムでは、ハノイとホーチミン市の都市化がどんどん進んでいます。理由は大都市部でないと給料の高い仕事が得られないためです。

そのため地方出身の若い人たちがどんどん大都市に移住しています。そのことにより核家族化が進みます。夫婦共稼ぎをして子どもを育てます。以前は家族全部で子育てができましたが、都市化によりできなくなりつつあります。そのためはっきりと少子化が進み始めています。20歳未満の人口は急速に減り始めています。同時に都会では自給自足ができないので、消費財が必要になります。その購入のためにはある程度の金銭的な余裕が必要になります。そのため賃金は徐々に上がり始めます。連動して物価も上がります。

 近代化と都市化は密接にかかわっています。経済成長が少子化の引き金になろうとしています。ベトナムではこれから30年ほどたつと高齢化社会の問題が必ずやって来ると思います。ベトナムは相続税も固定資産税もほとんどない社会です。所得の再分配の機能が失われている社会は、高齢化社会は大きな問題になる事は間違いないだろうと思います。社会主義国であるベトナムが、所得の再分配という社会主義的な政策が行われておらず、逆に日本が、所得の再分配の機能があることは皮肉なことといえそうです。私が思うベトナムの最大の問題点です。国民の精神構造は、ベトナムは個人主義、家族主義的ですが、日本は集団主義、会社主義なのが影響しているかもしれません。

 日本が世界に先駆けて高齢化社会を進んでいるいることは皆さんご存知のとおりです。高齢化社会が経済成長に有効とは思えませんが、GDP(国民総生産)が大きい国が、幸せな生活を送れる国とは限りません。GDPの筆頭のアメリカなどは、「貧困大国アメリカ」とも言われる格差社会になっています。人の幸せはその国の経済力のみでは決まらない、と考えたほうがいいようです。絶えず経済成長した国が、幸せとも限らないことがあります。

 経済成長しないこと、人口減少し始めたことが、結果的に国民一人ひとりの豊さになった歴史的な例がヨーロッパにあります。それはアイルランドの話です。イギリスのグレートブリテン島の隣のアイルランド島にある国です。北アイルランドはイギリスに属しますが、大部分はアイルランドという独立国です。ベトナムにもアイリッシュパブ(アイルランドのパブという意味です)があり、欧米人が出入りしています。ケネディ元米国大統領もその当時のアイルランド移民の子孫なのですが、移民が発生した理由は1840年代に飢饉が発生したことです。「ジャガイモ飢饉」といい、アイルランドの主食だったジャガイモに疫病が発生したことで、食糧難になったのです。その当時、アイルランドは英国本土のグレートブリテンの貴族が支配していました。小作人であるアイルランドの農民は、農業に依存していました。相続の時には兄弟全員が土地を分割所有できるので、農地はどんどん細分化されるため、小麦より生産性の高いジャガイモが生産されるようになりました。ジャガイモは大航海時代にアンデスから輸入されたのですが、ヨーロッパ人にとっては新しい主食でした。狭い土地でも大量に生産できるジャガイモへの依存が進むことで、飢饉の拡大の一因になりました。その飢饉の原因には、よその土地からもたらされたジャガイモに、その土地の病原菌への免疫力がなかったことも要因だったようです。

 支配するイングランド、スコットランド人は、飢饉になっても英国本土への食物輸出を続けさせました。そのため人口の20%(その当時アイルランドは900万人程度いたようです)が、餓死をしてしまったようです。それと同時に多くの国民がゴールドラッシュに沸くアメリカに移民しました。1020%程度の人が海外に渡ったようです。その事により、アイルランドでは100年にわたり人口減少が続きました。その結果、賃金の上昇、地代の下落が起こり、生活はしやすくなりました。産業面では農業から牧畜業に変化しました。土地が手に入りやすくなったこと、労働力が少なくなったので、人手がいらない分野にシフトしていったのです。それにより個々の賃金は上昇しました。この例から一見マイナスなことが、実は新しい環境や価値を生むことがあるとも考えられます。

 日本の高齢化社会は、高齢者を生産人口として活用せざるを得ない状況です。人間にとって人の役に立つことはモチベーション維持に重要です。最も幸せを感じる瞬間でもあります。労働力の減少の中で、社会に関りたいと思っている人は、高齢者になっても働くことができるようになります。また、それでも労働力が足りないなら、外国人に助けてもらう必要にあります。そのことが国際化につながり、国際交流の拡大にもなります。感謝の気持ちで人と接することができることは、相互信頼につながります。またAIやロボットに頼る必要があれば、技術革新につながります。日本が高齢化社会の良い着地点を見出せば、それが世界の見本になっていくことになります。成長には限界があるといいましたが、衰退することから新しい目が芽生えてくることがあると思います。絶え間なく成長をしなければならない宿命をもった社会システムより、人生とは何の意味があるのかを静かに考えられる時間が持てるゆったりとした停滞のシステムの方が、人間的といえないことはないのではと思います。

以上