2020年11月21日

~ 米大統領選挙騒動とコロナ禍の諸説から考える ~

なぜホモ・サピエンスは生き残り、ネアンデルタール人は絶滅したのか?

 

1、2020年アメリカ大統領選のドタバタ劇

 

 多くの人が関心を持って迎えた大統領選挙ですが、思わぬ混乱に言葉を失いました。世界のリーダーを自認する国の選挙とは思えないほどのドタバタ劇です。アメリカは基本的に白人が中心になっている国だと思います。オバマという黒人の大統領もいましたが、白人が主導権を手放していません。根底には人種差別意識がはびこっています。

 

その選挙の仕組みは、日本人が考えるのとは大きく違います。開票が途中で中断したり、数日たっても結果が発表されないことなど、日本との違いに驚きます。州によって投票のルールも違えば、選挙人の割り当て方も違います。ご存知のようにアメリカ大統領選挙は、得票数の多い人が当選するわけではありません。各州の選挙人の獲得を争う選挙です。ほとんどの州が1票でも多い人が選挙人の総取りになる仕組みです。ところがメーン州はバイデンが3人、トランプが1人とネブラスカ州はトランプ4人バイデン1人の選挙人割当てになり総取りを採用していません。そのように選挙の仕組みも法律も、州によって違う国の選挙ですので、混乱も半端ではありません。

 

以前の選挙では、ジョージ・ブッシュとゴア、トランプとヒラリー・クリントンの時も総得票数が多かったものが敗者になりました。選挙人獲得数の多い勝者は総得票数が少ない方だったのです。さらにびっくりするのは、後日選ばれた選挙人が大統領指名の投票をするのですが、数は少ないものの造反する選挙人が出ているようです。何のために選挙人を割当てているのかわかりません。アメリカとは不思議な国です。

 

日本人と話していても感情的にトランプ好きとトランプ嫌いにはっきり分かれています。それだけ個性が強いと言うことでしょう。ところで、トランプ、バイデンの考え方がどう違うかをはっきりさせておかないと好き嫌いの判断になってしまいますので、考え方の違いを整理しておきましょう。ここでは、外交はどうなるかは今の段階は判断できないので、わかりやすい内政について考えてみます。アメリカの内政の話ですが、外国人に関する考え方の違いなど、日本もアメリカに近い考え方の分断が起こり始めていますので、参考のため取り上げます。

 

第一には新型コロナウィルスへの対応と経済回復に向けた考え方の違いです。トランプはパニックを起こさないために「リスクは低い」と説明したと言い、感染を拡大させた責任は中国にあると主張しました。一方のバイデンは、「大統領はウィルスの危険性を認識していたのに国民に伝えず、すべきことをしなかった」と批判しています。また、経済の回復に向けた考え方も違います。トランプは経済の回復を優先させる立場であるのに対して、バイデンは感染防止策を優先する立場をとっています。

 

第二に人種差別問題です。トランプは国民に対する差別はかつてのアメリカ社会に比べれば改善していると言い、問題は暴徒化した一部のデモ隊がアメリカの治安を脅かしており、法と秩序を守るために警察官や州兵、あるいは連邦軍の派遣も辞さないとしています。バイデンは全米に拡がった抗議デモは、差別がアメリカ社会で構造的に残っている証だとして、抗議デモに理解を示しています。トランプの考え方の根底には、アメリカの歴史の肯定が根強く残っています。ヨーロッパからの移民がアメリカを建国し、武器を手にして自らを守りながら開拓した白人たちの輝かしい歴史の肯定です。バイデンはこれに対して国を分断するような白人至上主義的な姿勢に批判を強めています。

 

アメリカでは共和党がどちらかというと保守派、民主党がリベラルとみられていると思います。

言葉だけの定義をすると、保守とは旧来の風習、伝統を重んじ、それを保存しようとすること、リベラルとは個人の自由や個性を重んじようとすること、だそうです。

 

2、国によって異なるそれぞれの自国史と消された歴史

 

アメリカは日本と比べて歴史の新しい国です。伝統と言っても白人の移民たちがアメリカ大陸に渡り、先住民を追い出して、支配をしていった以降の歴史だけが優先されました。支配者が外から入ってきて考え方や歴史を変えたのです。それ以前の歴史は意識的に消されました。アメリカの独立宣言がされたのが1776年のことです。先住民であるネイティブアメリカンはいましたが、インド人と思われてインディアンと呼ばれていました。現在多数を占めているのは、ヨーロッパに住んでいた人の子孫です。ただアメリカの将来は、スペイン語を話す人との意味がある中南米やカリブ海諸国の移民ヒスパニック系の人が増加していくと予想されています。

 

アメリカ独立の当時は、日本では八代将軍徳川吉宗の享保の改革の少しあとくらいの時期です。ちなみに日本の歴史で見ると魏志倭人伝に邪馬台国の卑弥呼が魏に使者を送ったという記録があるのが西暦239年ですから、歴史の長さが大きく違います。

 

実在したかどうかは別として、初代天皇として語られる神武天皇が即位をしたと言われるのが、日本書紀によれば紀元前660年1月1日(旧暦)になります。それを明治時代になって太陽暦(グレゴリオ暦)に直すと2月11日になることから紀元節と呼ばれるようになりました。第二次大戦終了後、GHQの懸念により廃止されましたが、1966年「建国記念の日」という名称で復活しました。由来は神武天皇が即位した日と伝えられているからです。日本の保守主義はこの天皇制の歴史と深くかかわっているようです。私が小学生のころ、この「建国記念の日」が制定されましたが、ちょっと記憶に残っていることがあります。野党は実在するかわからない日を建国の記念する日にすることを反対していました。天皇制を執心とした軍国主義の復活の恐れがあると言う批判でした。しかし、与党は建国記念日ではなく、建国記念の日と「の」を入れることで、紀元節の復活ではなく日本の建国した日を祝うのではなく、たんに建国された事実を祝う日とのことで「の」が入ったことを覚えています。

 

ベトナムでは1945年ベトナム民主共和国ができて以降の歴史が、ベトナムの体制の歴史として語られることが多いです。庶民の暮らしの中には、それ以前の伝統が生きてはいますが、政治体制が変わっていることから、1945年の歴史はあまり語られることはありません。参考までに、ベトナムで最初に国ができたと伝えられているのが、紀元前2671年バンラン国のフン・ヴォン王が即位してベトナム最初の国を作ったという歴史があります。ベトナムではその命日として太陰暦(旧歴)の3月10日が祝日です。アジアの国は想定以上に歴史が古いのです。アメリカ大陸、アフリカ大陸の国も歴史は古いはずです。そもそも人類はアフリカ大陸で誕生しています。ところがその地域の歴史は白人(ヨーロッパ系)たちの進出(侵略)で消されてしまいました。アメリカ、日本、ベトナムの歴史に触れましたが、今の大国が永遠に大国であり続けることはないと思っています。

 

3、新型コロナ感染重症化率で話題になるネアンデルタール人の遺伝子のこと

 

アメリカの大統領選挙や歴史と日本、ベトナムの歴史を対比させましたが、歴史の新しいアメリカは同じ考えにまとまるための共通感覚に乏しいとも思えます。アメリカで大事にされるのは、自主独立、個性尊重、競争です。自主独立のために自分の命は自分で守るために銃が規制されていません。それに対して日本やベトナムは多くの人に文化的基盤が共有されていることを感じます。

 

話は変わりますが、日本では最近コロナ感染の第三波という状態になっているのを聞いています。菅首相のベトナム訪問で、日本ベトナム相互のビジネストラック(14日以内の滞在)を11月1日から開始しています。ただ感染者が非常に少ないベトナムは、外国人の入国にかなり神経を使っています。短期間の隔離なしの滞在者には厳しい制限があります。私のスタッフに聞いても外国人は入れたくないとベトナム人は思っていることを感じます。感染が少ないのは、対策が厳しいこともありますが、極端に少ないことはなぜだろうと不思議に思います。日本は感染拡大しているようですが、他の地域に比べると東アジアとインドシナは感染率が低くなっています。

 

ところで最近、新型コロナで欧州系、インド系のヒトの方が死亡率や重症化率の高い理由として、ネアンデルタール人の遺伝子を持つ欧州人、インド人(パキスタン、バングラデシュを含む)の致死率が高いとの記事がありました。ネアンデルタール人の遺伝子は欧州人、インド人に受け継がれているようです。それに対して東アジアやアフリカには少ないとのことです。数万年前に絶滅した種族の遺伝子が影響しているなんて話は目からウロコでした・

その主張はマックス・プランク進化人類学研究所のスバンテ・ペーボ氏とヒューゴ・ゼバーグ氏が、科学誌「ネイチャー」に掲載された論文で述べられています。重症化リスクをもたらす遺伝子は、ネアンデルタール人から受け継がれたものだと説明をしています。南アジア人の約50%、欧州人の約16%がこの遺伝子を持っているとのことです。この遺伝子多様体(バリアント)は、ホモサピエンスが6万年あまり前にネアンデルタール人と交配した際に受け継いだことがわかっています。この多様体を持つ人が新型コロナウイルスに感染した場合、人工呼吸を必要とする可能性が3倍に増えると言われています。

これまでの研究はで、今の人類は数万年前にネアンデルタール人や近縁のデニソワ人と交雑したことが示されているようです。欧州人やアジア人のDNAのうち、約2%はネアンデルタール人にさかのぼることができると推定されている。デニソワ人はロシア・アルタイ地方のデニソワ洞窟(ロシア、中国、モンゴルの国境に近い地域)に、約4万1千年前に住んでいたとされるヒト属です。

4、なぜネアンデルタール人の絶滅し、ホモサピエンスが残ったか?

 

人類の進化の歴史の中でホモ・サピエンスが生き残って、ネアンデルタール人が滅んだのはどうしてかという研究があります。ネアンデルタール人とは約40年前に登場し、2万年超前に絶滅したとされるヒト属の一種です。以前は旧人と呼ばれていましたが、現在の人類(ホモ・サピエンス)の直接の祖先ではなく、枝分かれした傍流のヒト属と考えられています。主に今のヨーロッパや西アジアに住んでいたようです。

 

この論点は、コロナの重症化の話ではありません。ネアンデルタール人が滅んだ理由です。ネアンデルタール人は、知能こそホモ・サピエンスと同程度だったものの、体格、運動能力はかなりすぐれていたと言われています。ところが生き残ったのはホモ・サピエンスでした。ダーウィンの有名な言葉に「生き残る種は、強いものでも、賢いものでもない。それは変化できる種だ。」と言っていますが、ホモ・サピエンスは厳しい環境の中で、ネアンデルタール人より変化できたからでした。

 

その変化したものとは何かというと、「集団生活」です。ネアンデルタール人は家族単位の生活をしていました。ホモ・サピエンスは力が弱いこともあって、集団を作って生活をせざるを得ませんでした。狩猟をするときも集団で狩猟をしました。その時に獲物に気づかれないようにアイコンタクトで情報共有するために、ホモ・サピエンスは白目と黒目がはっきりしているとの説もあります。そのような進化をもとに集団生活で食料も確保できました。集団が数百人になるとムラが形成され、それがもっと大きくなるとクニになりました。クニになる過程では、争い・戦争があったことは間違いありません。その集団をまとめていくのはリーダーなのですが、リーダーの人格が良ければまとまるわけではありません。集団がまとまるためには重要なのは言葉です。理解しあえる言語が必要です。言葉のお蔭で、人が話し合い、モノの改良や行動の改革ができるようになりました。石器などの道具は、ネアンデルタール人が旧来のものから変化しなかったのに対し、ホモ・サピエンスはどんどん改良しました。

 

言葉を共有できると文化が育ってきます。文化が育ってくると、儀式、儀礼、葬祭などの形式が統一されていきます。それが文化ですが、それを思想としてその集団をまとめる教えが宗教と言えるでしょう。ホモ・サピエンスが生き残って、ネアンデルタール人が絶滅したのは、総合的な能力に劣ったものが集団生活で身を守り、そのための手段を手に入れてことで生き残ったとも考えられます。その手段とは道具もありますが、最も重要なのは言語と宗教です。統一の言語と宗教によって、集団の統一が守られるのです。統一を守るためには保守主義的な考えは必要だったのでしょう。

 

宗教とは何かを定義する哲学者も多いのですが、言葉が難しくてよくわかりません。わかりやすい定義を拾うと、「無限なるものを認知する心の能力」、「ひたすらなる依存感情」との定義は何となく理解はできますが、私から見ると今一しっくりとはきません。一般的には、「人間の力や自然の力を超えた存在を中心とする観念、その観念体系に基づく教義、儀礼、施設、組織を備えた社会集団のこと」と言われているようです。

 

5、人の往来により文化宗教が代わる歴史

 

アメリカの大統領選から始まり、ネアンデルタール人が絶滅した話まで荒唐無稽な話になってしまいました。最後のまとめは、集団の考え方は人の往来の変化に影響し、支配勢力の変化によって土台になる思想が変化していくと考えます。一つの思想や宗教が永続するわけではありません。

 

私がベトナムに来て初めてベトナム中部に旅行した時、知ったことがあります。その地域の一部にはインド的な雰囲気を感じたのです。インド風の踊りやインド建築様式の建物があることを知りました。そこにはベトナム戦争の時に突然見つかり、その後世界遺産になったミーソン遺跡があります。ベトナム中部を中心にチャンパ―王国という国が貿易によって栄えていました。ヒンズー文化の影響を受けた国でした。2世紀から16世紀まではこの地域に君臨していました。インドネシアのバリ島の文化もヒンズーです。今となれば、ヒンズー文化はほぼインドだけの状態ですが、ベトナムにも広がっていた時代がありました。お隣のカンボジアのアンコールワットの遺跡は、初期のころはヒンズーの影響を受けています。後半は仏教の影響が表れている遺跡です。アンコールワットが栄えていたころは、クメール人がベトナム南部も支配をしていました。そんな時代もあったようですが、今はどちらかというとベトナム人はクメール人をバカにしているように感じます。

 

今のアジアでは、ヒンズー教はインドだけ、仏教はミャンマー、タイ、カンボジア、ベトナムと東アジア、そのほかはイスラムが多くなっています。ベトナムではキリスト教の教会もたくさんあり、信者も相当数はいますが、大多数は仏教徒です。インドネシア、マレーシア、インド以外の中近東や西アジアもイスラム教です。しかし、歴史をさかのぼると住む人も、信じる宗教も代わっています。

仏陀が生まれたのがインドのブタガヤですし、初期の仏教文化の遺跡があったのは、アフガニスタンのバーミアンでした。今は違う宗教に支配されています。宗教が代わる背景を考えると、支配者が代わるときに宗教の変化があり、宗教を利用して人々の統制をしているように思います。

 

日本は単一民族という人がいますが、実際は北方からマンモスを追ってきた狩猟民族や南方からは火山噴火や土地の水没で逃れてきた民族などが住みつくことで始まった国です。移民がいたから、その後日本人という民族ができたのです。人類自体はアフリカから様々な方向に移動したことで多様な民族が生まれました。それぞれ移動した場所で、共通の言語や文化を育てて民族になりました。日本の場合、最も変化した時期は大陸の内戦時代の難民が渡ってきた弥生時代と言われる時代です。縄文人が自然のあちこちに神がいる「八百万の神」を信じていたのに対して、弥生人は仏教をもたらしました。日本の文化や宗教や言語の変化も、人の移動が絡んでいると考えるのが今回の結論です。

 

以上