2019.6.9

1、ベトナムは高齢化社会、日本は超高齢社会

ベトナムの平均年齢が31歳程度の若い国であり、高齢化による社会問題は顕在化していないのですが、日本企業がベトナムで介護事業をしようという動きがあります。日本が迎えている高齢社会は、東南アジアでも必ず起こってくると考える人も増えています。

 経済が発展する過程で、ハノイ、ホーチミン市を中心に大都市への人口集中が進んでいます。それを主因として出生率の低下が顕在化しているのです。その現象からいわゆる核家族化が生まれ、若い夫婦が共稼ぎで家計を支えるため、以前ほどたくさんの子供を育てることができなくなっています。また、晩婚化、未婚化も要因として考えられます。ベトナムの人口ピラミットを見ても、20代未満の人口の減少が鮮明に表れているのです。日本の介護事業者の見通しの通り、将来少子高齢社会になることは避けられないと思われます。

 ところで、何気なく使っている高齢化社会、高齢社会という言葉ですが、WHO(世界保健機関)で定義が決まっています。前年度大阪府から依頼を受けてベトナムの介護事業についてレポートを書いた時に、高齢化社会と高齢社会の定義に気が付きました。ベトナムはすでに高齢化社会になったと書いてあったのですが、平均年齢が31歳の国が高齢化社会という言葉には違和感を抱きました。

調べてみると高齢社会に関する表現は、類似した表現が3種類ありました。それぞれの言葉は、WHO(世界保健機関)の定義がありました。

・高齢化社会
→65
歳以上の人口が総人口の7%を超え14%まで、日本は1970年突入
・高齢社会
→65
歳以上の人口が総人口の14%を超え21%まで、日本は1994年突入
・超高齢社会
→65
歳以上の人口が総人口の21%を超えている、日本は2010年突入

 ベトナムでは、2017年に高齢化社会に突入したとみられるという報告が、公益財団法人 国際通貨研究所の竹山研究員の報告で述べられています。高齢化が特に進行しているのは年平均の経済成長率が6%を超え、アセアン諸国の中でも高い成長を維持しているベトナムだということです。ベトナム戦争後の経済復興期から多産多死型であった人口ピラミッドは、1988年から導入した「二人っ子政策」の影響を 大きく受け、 また、平均寿命も延びたことから少産少死型へと変化してきました。国連の推計によると、ベトナムは2017年に高齢化社会に突入し、2034年に高齢社会、2049年には 超高齢化社会になると予測されているのです。 経済成長するメカニズムと少子化は切っても切れない関係のようです。

 ちなみに日本は、65歳以上の人口が総人口の21%を超えており、この定義では「超高齢社会」に当てはまりますが、超をさらに更新しているのが日本のこれからです。

2、ベトナムでの介護事業の今後 

 ベトナムのように経済発展する国は力を入れる政策があります。一つは人材の教育です。高度な情報化社会に進む中で、中国もそうですが、ベトナムでもIT人材の育成は国家的なプロジェクトとして進められています。教育を受けさせるためには優秀な学校がある大都市部に若年層が移動します。

 二つ目は外国資本の導入です。外国資本は投資しやすい、また生活しやすいところに投資します。経済成長は投資に伴い生産性が向上した地域が豊かになります。外資は投資できるのはインフラが整い、労働者の質が高い大都市部での投資に偏ってきます。新興国の経済発展は、大都市部が極端に発展します。それに伴い地方は高齢者が取り残されることになります。このような経済発展が続けば、ベトナムの介護法制については、まだ正式に立法化されていませんが、整備は必要になると思います。

そのことに影響を与えるのが、日本での介護人材を外国人を日本の介護人材としようという動きです。日本において入管難民法が改正され、今年4月より外国人労働力を確保する目的で、特定技能1号及び2号の在留資格制度がスタートする。特定産業14分野に対して適用される制度であるが、それには介護分野も含まれています。その法人と日本企業が連携を取る動きが顕在化し始めています。日本への介護労働者の送り出しに先立って、介護労働者の技術指導と日本語教育をベトナムで行わなければならないため、施設を設立することによって介護労働者の実技教育と今後の老人介護施設運営の準備段階として検討しているところもあります。

 また、ベトナム人介護労働者の日本派遣が進む中で、その労働者がベトナム帰国後の就労先としても介護施設が増加することは意味があります。今後日本への介護労働者の派遣が増加することが追い風になり、ベトナムの介護施設の増加のきっかけとなる可能性があります。日本の超高齢社会の進行が、ベトナムの将来の高齢社会でのインフラ作りに影響を与えている事実は、グローバルに影響される国際関係を表していると思います。

3、中国を襲う高齢化と経済の逆回転

 日本及びアセアンの国々は近隣の大国中国の事情によって大きな影響を受けています。中国ははいかにして世界第二位の経済大国になり、今後高齢化の中でどんな方向に進んでいくのかを簡単にお伝えします。

 中国の経済成長は1978年に始まった「改革開放」政策によるところが大きいです。その当時の最高指導者の鄧小平が、文化大革命の混乱から中国経済を立て直すためにとった政策です。経済特区の新設、人民公社の廃止などとともに、経済の市場経済化を推進しました。その政策が中国の経済発展のきっかけを作ったといえるでしょう。

 ただこの時期は、中国の生産年齢人口が急増していく時期でした。その増加は2013年まで続き、生産年齢人口は10億人を超えることになりました。当然世界最大の生産年齢人口の数です。労働賃金も安かった生産人口でしたので、中国のメーカーは他国のメーカーに比べて価格競争面で優位になり、世界のサプライ・チェーンと結びついて急激に成長しました。その成長の要因になったのは、不確かな将来を見据えて積極的に貯蓄した若い生産年齢人口です。国家と企業の結びつきが強い中国では、この貯蓄を活用して企業への投資と結びつき、次世代の産業の形成に活用されていきました。中国企業は1990年以降急速に力をつけていきました。ファーウェイなどはその代表格です。それは改革開放の時期と生産年齢人口が増加していく時期が一致していた幸運によるとも言えます。

 ところが2013年以降1564歳までの生産年齢人口は減り始めています。老齢人口の増加と同時に貯蓄率も低下を続けています。それが急速に進みつつあるのが中国です。今まで人口が多く、若い世代が多かった中国では、貯蓄率の高さが、国家資本主義ともいえる企業投資で企業を成長させてきました。その回転が逆回転するようになってきています。中国経済が低迷する要因は、アメリカとの貿易摩擦以外に生産年齢人口の減少にも因るのです。中国政府は2016年長年続けてきた「一人っ子政策」を撤廃しましたが、期待された出生率の急増は実現できていません。ベトナム同様、経済の発展を始めた国は、少子化の流れは止められないようです。今後の世界経済においては、中国の人口問題は無関心ではいられません。

4、中国の経済成長期が日本に与えた影響

 中国の「改革開放」の時期に日本はどうなっていったかを振り返ってみましょう。世界第二位の経済大国と持ち上げられ、「JAPAN AS No.1」と世界から称賛された時代です。時期は昭和から平成の時代に代わるころでした。平成に入った瞬間にバブル経済が崩壊しました。その時期に日本企業は人件費の安い国との価格競争に巻き込まれていきました。それが韓国、中国です。特に影響力が強い人口大国中国の変化は、日本で定着していた終身雇用や年功序列といった秩序を破壊してしまう威力がありました。

 その時代に新卒期を迎えたのが団塊ジュニアと呼ばれる世代です。その頃は「フリーター」と言われもてはやされた時期もありましたが、所詮は賃金カットと経済変動時の人員調整のために企業にとって都合の良い雇用形態として利用されました。このことが日本の少子化にも拍車をかけています。非正規社員では結婚して子供を育てるほどの収入を得ることができず、やむなく単身で生活をしているのです。このような「非正規社員」として雇用された人たちが迎える老後問題にも大きな影を落としています。アジアの経済成長の副産物として、団塊ジュニア世代が割を食っているのです。

 「8050問題」という言葉があります。その意味は80代の親と50代の子の問題という意味です。団塊の世代が80代になって、その子供が50代。子供が非正規社員や引きこもりの場合、親の年金だけを頼りにして、親も子も疲弊していくことを問題にしている言葉です。非正規のような雇用形態では、仕事に希望を持つことは難しいかもしれません。非正規にしかなれなかった人たちの中には、挫折してひきこもる人たちも多数います。そのような状態の人たちがどんどん年を取っていきます。今回の原稿を書き始めたのは、ベトナムの介護事情を調べるテーマを仕事上与えられたからなのですが、意図もせず8050問題の典型のような事件が発生しました。この5月に川崎市で起きた無差別殺人事件は、8050問題が深刻であることを表しています。また、一般的に成功者とみられる元事務次官経験者が子供を殺害した事件も同様に衝撃でした。

 世界史的な経済変動の時代にたまたま就職期を迎えて、日本経済や企業の存続のために利用された人たちがたくさんいます。その人たちが悲惨な状況に置かれていることは、社会の問題として考えないわけにはならないと思います。また、そのことは親の世代にもつらい負担を背負わされています。ただ、私がうすうす感じるのは、非正規社員の子供を持つ親だけでなく、将来の高齢者は子供を助ける余裕もないことになるだろうということです。将来の高齢者が引きこもりになり、社会問題を起こさないように努力する必要があると思います。

5、年金に頼らず自助が必要という金融庁

 522日金融庁が、「年金に頼らず将来は自助が必要」と発表したことが話題になりました。金融庁が発表した内容をここに紹介しましょう。

「人口の高齢化という波とともに、少子化という波は中長期的に避けて通れない。前述の通り、近年単身世帯の増加は著しいものがあり、未婚率も上昇している。公的年金が多くの人にとって、老後の収入の柱であり続けることは間違いないが、少子高齢化により働く世代が中長期的に縮小していく以上、年金の給付水準が今までと同等であることを期待することは難しい。今後は、公的年金だけでは満足な生活水準に届かない可能性がある。年金受給額を含めて自分自身の状況を≪見える化≫して老後の収入が足りないと思われるのであれば、各々の状況に応じて、就労継続の模索、自らの支出の再点検・削除、そして保有する資産を活用した資産形成・運用といった≪自助≫の充実を行っていく必要があると言える。」

前段では団塊ジュニアの非正規雇用により、結婚できない層が生まれている話をしました。しかし、今後年金に頼れない時代を迎えるこれからの高齢者は、一部の成功している自営業者以外は生活が困難になる可能性を秘めています。以前と違って、サラリーマンの年収はほとんど増えていません。老後働いたとしてもとても現役世代ほどの収入を確保することは難しいからです。

 ただでさえ少なくなる年金ですが、現在の景気を支えるために年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、201410月からリスクの低い国内債券中心の運用から、リスクのある株式投資の割合を大幅に引き上げています。年金支払いに充てる以外の積立金の運用は、GPIFは公式ホームページで「この積立金を市場で運用し、その運用収入を年金給付に活用することによって、将来世代の保険料負担が大きくならないようにしています」とつづっていますが、本当にそのようにいくのかどうかも懐疑的にならざるを得ません。将来にわたって日本の株式相場が大幅に伸びていくのでしょうか?今の経済を維持するために将来の年金原資が使われていると考えられないわけでもありません。

6、「祇園精舎の鐘の声・・・」 繁栄は長くは続かない。

 「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。奢れる人も久からず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵におなじ。 」みなさんご存知の通り、平家物語の冒頭部分です。繁栄した者は必ず滅びる。一時期の繁栄は長くは続かない。今強い者のいつまでも強いわけではない、との意味を言っているのだろうと思います。

 新大陸だったアメリカが今の国際社会を仕切っています。中国は昔の繁栄を取り戻そうと「一帯一路政策」を推進しています。かつてはアジア、アフリカ、アメリカを植民地支配したヨーロッパが、移民の排斥など自国主義に入り込もうとしています。今の国際社会の構図も10年後どう変わるか想像もつきません。

 私が思うのは、貧しいことがチャンスを生み、豊かさがピンチを生むということです。高度成長期の日本は、まだ貧しいがゆえに将来のためにみんなががんばりました。ところがその後、貧しかった中国や東南アジアが伸びてきました。私は伸びゆく国ベトナムで仕事をしていますが、ベトナムの衰退の芽が生まれ始めていることを感じます。それは国民が給料がどんどん上がるのが当たり前と思っていることに表れています。能力以上に給料の伸びを主張する傾向が表れています。また、不動産神話は根強く、少し豊かになった人は不動産を持つことでお金持ちになれると信じています。お金を手にした人たちは、不労所得で生活しようとしています。

 翻って日本の高齢社会のもとでは、人と助け合って生きていくしか方法がないかもしれません。家族も核家族から大家族に向かうかもしれません。資産などみんなで使える物をシェアしたり、仕事もシェアをすることが必要になってくるかもしれません。人類誕生の最新の研究成果を紐解くと、誕生にはアフリカの大地の地殻変動が影響しているようです。ジャングルだったアフリカの地で大規模な地殻変動がありました。キリマンジャロやケニア山があるあたりです。雨が降らなくなった東側はジャングルが消え、草原になりました。そこに残されたサルは、猛獣から身を守り食物を得るには、仲間とコミュニケーションを持つことが重要だったのです。そのおかげで脳が発達して、言語の能力を身に着けることになりました。それが今の人類に進化していったのです。他の人と協力する以外に生きることができない状況は、もしかしたら人間らしく生きることができる環境なのかもしれません。その点で超高齢社会の日本は、人間として生活する基本的な力を再生できる可能性があるのではと私は考えています。

以上