西田俊哉のベトナム・フォー・パラダイス

 最近、「人生100歳時代」という表現をよく目にするようになりました。私の場合、実感として100歳なんでとんでもないと思いながらも、残り40年もきっていることに驚きます。医療技術の進歩などが影響して、100歳近くまで生きられる人が増えています。そうなってくると健康で長生きしたいと考える人が増えてくるようです。その点では日本も外国も同じです。100歳の人生を考えたときに、今までの日本型の定年制度は通用しなくなり始めています。年をとっても働く続けることが幸せの源のように思いますが、働き続けることができるためには健康が大切です。

 健康に関して、誰もが否定できないのは食事の大切さです。日本でも注目されはじめているベトナム料理は、野菜をふんだんに使う料理です。ベトナム料理は、地理と歴史の影響があります。ベトナム北部と国土が接している中国の影響、植民地の宗主国だったフランスの影響、そしてベトナム南部と交易があったタイの影響が混ざり合っています。中華料理に近い揚げ物には、必ず生野菜をトッピングして食べます。また、フランスのクロワッサンに似たパンの真ん中に切り目を入れて、そこに野菜や肉などを挟んで調味料をつけて食べるバインミーも代表的な料理です。ベトナム南部では、ココナッツやパクチーなどの食材も似ているところから、タイ料理に近いものも多くあります。ただ、タイ料理ほど辛くはなく、比較的繊細な口当たりの料理が多く、日本人の口に合うものも多いと思います。

 そのようなベトナム料理ですが、最近のベトナム人の若者を見ているとせっかくのベトナム料理の良さをあまり理解していないと思うことがあります。ベトナム料理には、主食の麺(フォー、ブン、ミエンなど)、ライスペーパー、普通の白い御飯や炒め御飯(コム)など色々な主食があります。主食だけでは健康に良くないので、生野菜をトッピングして食べるようになっています。ところが若い人たちは、そのトッピングの野菜を利用しない人たちが多くいます。私はベトナム人よりも多く野菜をトッピングするようになりました。これらを見るにつけベトナム人が育んできた食文化の伝統やその意味が伝承されていないと感じることがあります。

 今回はベトナムを代表する春巻き、フォー、バインミー、バインセオについて、その料理とトッピングについて簡単に紹介をしましょう。最初の紹介するのが定番の春巻きです。生春巻き、揚げ春巻き、蒸し春巻きがあります。最も代表的なのが生春巻きです。豚肉やエビ、バーブの葉などをライスペーパーで巻いて、ソース(ヌクマム)をつけて食べます。ベトナムでは食べ物によって、それぞれ違ったソースが使われます。揚げ春巻きには、生野菜を巻いて食べることが多いようです。バンクオンといわれる蒸し春巻きも有名です。いずれも生野菜、動物性たんぱく質、炭水化物を同時に食べるような料理です。

 次にフォーですが、米で作った麺で作ったうどん、あるいはラーメンと言うものです。スープはさっぱりしていますが、トッピングする生野菜に特徴があります。レモングラス、コリアンダー、ミント、どくだみなどのハーブを多数入れます。長年ベトナムにいる私は、これらを生野菜(葉っぱ)をたっぷりといれることにしています。 

 次に紹介するのがバインミーです。ベトナム風サンドイッチとでも言ったらいいでしょうか。フランスパンを使い、その中央に切り口を入れます。そこに生野菜と肉やソーセージを挟み、目玉焼きをはさむこともあります。そこに小魚を醗酵させて作ったヌクマムという魚醤をドレッシングのように振りかけます。にんじん、きゅうり、大根、レタス、パクチーなどが入ることもあります。アジアと西洋がコンビネーションした不思議な味です。

 最後にバインセオを紹介しますが、ベトナム風お好み焼きと言われるのですが、日本のお好み焼きとはかなり違っています。クレープやオムレツのような感じです。もやしやたまねぎのいためたものが入っていて、そこにハーブ系の生野菜と豚肉やエビをトッピングして食べます。いずれの料理にもトッピングする生野菜や各種ソースを利用し、さまざまな味を楽しめるようになっています。

 比較的すらっとして小柄なベトナム人が多かったのですが、国が豊になるにつれて、太った人が増えてきています。炭水化物系の食べ物だけを中心に取る人も多く、糖尿病に関する知識が足りないものと思います。ベトナムの従来の民族食は、そのような病気にならないよう野菜をトッピングしてきたのだと思います。ところが、裕福になったベトナム人が、貧しいながらも苦労して生きてきた先人の知恵で、野菜をふんだんに使った料理に目が向かなくなっています。裕福になることが、一概に将来の幸せを保証しないことを考えてみたほうがいいと私は思います。

 そんなベトナムの食生活ですが、医療技術の発展とともにベトナムでも平均寿命は着実に伸びているようです。日本に国際医療福祉大学と言うのがあります。私の元部下で現在日本に住んでいる女性は、この大学でアルバイトをしています。どんなアルバイトかと言うとベトナム人富裕層の人間ドックをこの大学に誘致する営業活動をしています。日本に渡航費や宿泊代まで出して、健康診断をするなどかなり贅沢ですが、それができる富裕層も増えています。人間にとって健康であることはとても重要なことですので、お金には変えられないかもしれません。

 日本では、高齢化社会が進んでいます。高齢化社会でもやはり健康は大切です。現在65歳以上の国民を高齢者と呼んでいます。特に65歳から74歳までを前期高齢者、75歳以上を後期高齢者と呼びます。まもなく後期高齢者の数が、前期高齢者の数を上回る状況が目前に迫っています。このような社会になると定年についての考え方を変えていく必要に迫られるでしょう。

 ただ、定年がないことがいいことかというと必ずしもそうではありません。組織にとって、定年がないと人的な新陳代謝はなくなってしまいます。先輩後輩の関係は長いこと変わらないことになります。上司はいつまでも上司であり、支配関係が永続する可能性もあります。中途の人員整理や解雇が難しい日本では、定年は一定意味のある制度ではありました。しかし反面定年が決まっていることのマイナスもあります。定年で解雇されることがわかっていれば、定年近くになると生産性をあげるモチベーションは低くなります。

 ただし、人生100年時代と言われるようになると、第二の就業や独立など自分で生きていく力をつけることが急務になると思います。先日、大学生のインターンシップでベトナムに来訪した青年(上智大学白戸君)がいました。この4月就職したのですが、彼が書いた卒業論文の要旨を送ってもらいました。彼は1年ほど前にベトナムにインターンシップで来ており、私が主催する県人会に参加をしていたことで知り合いました。その彼が次のような卒論を書き上げました。「ベトナムの日本人起業家における就労・起業理由と困難への対応」と言うテーマです。

 日本人起業家がベトナムで就労・起業した理由としては、ベトナム関係の方とのネットワークができたことが最大の要因でした。次いでベトナム人やその国の雰囲気、そして他の国に比べチャンスが感じられる国の勢いなどが意志決定の要因であると分析をしていました。ただ、ベトナムに渡ってからの仕事における苦労を通じて、これらの起業家が、好奇心、持続性、柔軟性、楽観性、冒険心という能力を得た、あるいは備えられたことが起業に好影響を与えていることが確認できたことを記載しています。そしてさらっと、「起業した人はベトナムに渡ってからの仕事における苦労を通じ、『計画された偶然性(Planned Happenstance)』に必要な能力を備えていることが示唆された」、と書かれていました。私は心理学の勉強をしてないので、一瞬この言葉は何なのだろうと思い、それを調べ、経験に当てはめながら、それを今回のお話のメインテーマとしました。

 この考え方のもとになっているのは、スタンフォード大学のジャン・D・クランボルツ教授の「計画的偶発性理論」という考え方です。個人のキャリアの8割は、予想しない偶発的な出来事によって決定されると考え、20世紀のキャリアアップのために推奨された考え方、「自分の興味、適正、能力、周囲の環境など合理的に分析して、キャリアアッププランを作ること」をあまり重要ではないとしました。旧来の考えは、計画的に積み上げたことが、結果につながるという努力礼賛ともいえる考えです。「努力すれば報われる」と言うことでしょうか?しかし、計画した意思決定にこだわりすぎると、それ以外の可能性を捨てることになると、クラツボルト教授は考えました。

 「計画的偶発性理論」は、多くの人の人生は、その8割が予期しない決定に左右されるとしたら、好奇心、持続性、柔軟性、楽観性、冒険心という能力を備えておくことが大切との考え方です。確かに進路を決めるときには、はじめから計画していた方向には進んでいません。能力の限界を感じたり、挫折をしたり、社会環境が違ったりで思わぬ方向に進んでいきます。子どものころにスポーツ選手になりたいと思っても、多くの人は自分の能力を知り、別の方向に進んでいきます。大リーグのイチローや大谷選手のような人はめったにいません。ところで、予期しない決定でも順調にキャリアを築ける人には、次の5つのスキルがあるといいます。

好奇心

 たえず新しい学習の機会を模索し続けること

持続性

 失敗に屈せず、努力し続けること

楽観性

 新しい機会は必ず実現する、可能になるとポジティブに考えること

柔軟性

 こだわりを捨てて、信念、概念、態度、行動を変えること

冒険心

 結果が不確実でも、リスクをとって行動を起こすこと

その考えを表したものに、「その幸運は偶然ではないんです」(J.D.クランボルツ・A.S.レヴィン著、ダイヤモンド社)との書籍があります。私の場合、その5つの能力はあまり持ち合わせていませんが、人との出会いとくじけない心だけは困難を乗り越えるために必要でした。多くの人にとって、5つのスキルを全部備えることは難しいかもしれません。ただ新しいことに怖がらず行動する習慣を持っている人には得られやすいスキルです。アンテナを張っている人は、人との出会いや出来事の変化に柔軟に対処できるでしょう。それにあわせて重要だと思うことは、失敗体験です。失敗体験から謙虚に学ぶことができる人が、ここでいう「計画された偶然」を得られる人と言えるのでは、というのは私の考えです。

 困難な局面から多少時間が経ち過去の思い出になると、「あの出来事は必然的な偶然だった」と言えるようになりそうです。「計画された偶然」と言えるようなステップアップする生き方をするためには、その人の心がけにも因ると思います。いやな出来事を人のせいにしていると、「あの人のせいでこんなことになってしまった」と考え、恨みを懐くだけで解決の前向きな方向には進みません。ステップダウンの生き方になります。また、人の言葉に左右される傾向にある人は、自身の方向性を人に委ねる生き方をしてしまいます。他人にはいつでもついていけるわけではありません。自分の価値観をしっかり持って、充実感は自分で作るという姿勢を持っている人が、偶然の体験を自分のものにしていけるのではと思います。特に起業家は、人に依存しないで自分で選択を積み重ねている人が多いと思います。良いことはもちろんあると思いますが、かなりつらいこともたくさんあると思います。その経験のなかで、自分で決める能力を得てきたことが、他の人とは違う力を備える事になったのではと感じます。また、つらい思いは、人を深く知るためには必要な経験です。いつも楽しい思いをして生きられる人は、つらい境遇の人のことを駄目な人としか見えなくなります。

 いずれにせよ、高齢化社会の中で高齢者の生き方が変わってくるのは間違いがないでしょう。人生経験の幅が広い人が、チャンスを得られる確率は高くなりそうです。人生の中でいつもハッピーでバラ色の生活を続けていけることはないでしょう。成功体験だけで生きている人は、つらい経験をしている人を理解する能力に欠けます。何のための人生かを突き詰めれば、失敗への方向に向かっているともいえるのではないでしょうか。成功することだけが幸せとも限りません。幸せの概念も自分で決められる人が、「計画された偶然」を獲得できるような気がしました。たまたま出会ったある学生の卒論(要旨)から、このようなことを考えてしまいました。

以上