2016年申年の私のお正月は仕事中心でスタートしました。ベトナムの大阪人会の方にお誘いを受けて、1月1日からゴルフをしました。元旦にゴルフをしたのは生まれて初めてでした。ゴルフコースに向かう車中で初日の出を見ることが出来ました。ベトナムで見る初日の出は地平線から太陽が現れました。元旦は仕事とはいえませんが、2日からは完全に仕事になりました。2日朝6時着の早朝便でお越しになった現地採用の駐在員になる日本人女性へのアパート探しを

お手伝いしました。深夜便なので機内で睡眠をとって、休む間もなく住まい探しと言うのも気の毒ですが、しょうがありません。ホテルに余分な費用をかけるよりは早く決めてしまいたいとの希望でしたので、急いで決められるように手配をしました。日本の季節感と違い、常時30度程度にはなりますから、睡眠不足の状態で汗をかきながら不動産を探すのは大変です。それでもこれから勤務するベトナムでの仕事に期待を懐いている若い日本人のためには協力したいものです。

3日の日は、ある大企業の若手社員の海外研修のための空港送迎がありました。5名の方のお迎えと入居の手配を行いましたが、それぞれが乗る便が異なるため、飛行機の3便ごとにお迎えし、入居を行いました。これも飛行機の関係で、早朝、深夜着など便がばらばらで、なおかつベトナムは比較的空港を安く使えるとんでもない時間帯の出発、到着が多いので苦労します。

 

日本では新年の時期ですが、ベトナムはやはり旧正月(テト)が一大イベントになります。アジアにいると正月の感覚が全く異なります。中華圏の正月はこれから始まる2月の旧正月になります。ベトナムでは謹賀新年を「Chuc Mung Nam Moi」と言います。Nam Moiとは新年のこと、Chuc MungがHappyという意味です。中国では、謹賀新年でなく「新年快楽」です。謹賀新年は日本だけで、ベトナム語もどちらかと言うと快楽の方が近いと思います。タイは、「サワディ・ピー・マイ」、ただこの時期はソンクラーンに当たる4月のことになります。マレーシアやインドネシアは、イスラムの国だけあって、ラマダン(断食)明けのお祭りレバダンがおめでたい時期で、年明けがおめでたいわけではないとの事です。インドネシアで言うと7月くらいだそうです。所変われば、お祝いの時期も変わるようです。アジアの中で日本は特異な存在で、西洋化された文明の中にいる事をベトナムに来て初めて感じたことです。

 

中華圏の正月はこのように太陽暦の1月1日ではないので静かな正月でした。余りゆっくり出来ない正月をベトナムで迎えたのですが、このようなサポートに携わりながら、日本企業や日本人が置かれた現状を感じざるを得ませんでした。最近はベトナムで採用される日本人社員も多くなっています。現地採用扱いとして、日本の社会保険、年金なども企業は負担する必要がなく、また給与水準を低く抑えられるために、日本採用の人材を海外に送り込むのは最低限に抑えて、現地採用者を増やす企業が増えています。これも雇用の多様な形態の一種でしょうか。企業にとっては法人税などの削減があったり、景気回復の影響があり、内部留保は増えているようですが、それをコストになる給与アップや設備投資にはなかなか向かわないようです。そのような企業の人事政策が海外駐在員にも影響しています。

一方大企業は、着々と海外戦略を進めることが求められているようです。私がご案内した海外研修のための若手社員へのサポートは、まさに多国籍化しつつある大企業のこれからのグローバル人材確保が必要なためです。海外にビジネス展開していかなければ、競争力を失った大企業は、M&Aで競争力のある企業に買収されてしまうからです。

 

最近、私が思うことは、大企業はより一層多国籍化を進めざるを得ない運命にあることです。なぜならば、市場が変化していること、拠点として最適な場所も変化しているからです。国にとっては、大企業の税収は必要でしょうが、日本に縛り付けることは出来なくなりつつあります。そのため国の歳入や雇用を守るためには、中小企業を守ること育成すること以外にはないように思います。中小企業や個人事業者の育成を怠れば、国は発展しません。大企業は国際競争の中、最高最適な資源の配分を求められ、その流れは加速しています。日本の大企業であっても、日本だけに留まっているわけには行きません。例えば最も安く、高品質に製造できるところに生産拠点を移すなどです。皆さんはなじみがないかもしれませんが、韓国企業のサムスンは、携帯電話、スマホの生産の世界的な企業ですが、それらはベトナムで製造されています。そのお陰でベトナムは貿易黒字になりました。また、アップルのアイホンなどに使うカメラは、ベトナムにある日本企業が製造しています。シャープタカヤ電子の子会社がその製造を受けています。その工場に行くとアメリカ、日本、ベトナムの国旗が三本掲揚されています。私がアメリカと日本の合弁企業ですかと聞くと、「アメリカ企業が重要なお客さんだからです」との答えが返ってきました。大企業はこのように国際競争力をつけるためには、最適な場所を見つけて、生産を進めなくてはならないのです。

 

国の政策で懸念される問題があります。大企業中心の国際競争力があれば国が富むと考えていると失敗することがあります。今の韓国のように大企業以外が淘汰されたり、格差が拡大すると社会は大きく変化します。韓国では特に若者世代に大きなしわ寄せが起こっています。大企業に就職するしか幸せが得られない。けれども大企業は厳選採用あるいは外国人採用に切り替えています。韓国の若者は、「七放世代(ななほうせだい)」という言葉が使われるようです。韓国語で칠포세대(チルポセデ)と言います。「7つのことを放棄した世代」という意味で、青年失業や低賃金に苦しむ20代、30代がおかれている事情を現した言葉です。以前は三放世代「恋愛」、「結婚」、「出産」の三つを放棄した世代という意味だったようですが、「マイホーム準備」、「人間関係」、「夢」、「希望の就職」が加わり七つになったと言うから益々悲惨です。日本もそのような方向に進んでいないとはいえないのではと思うのは私だけでしょうか?

 

私はTPPの今後とアセアン経済共同体(AEC)が昨年12月31日発足しましたが、それらの状況の\中でアセアンの国と日本を巻き込んだ大きな変化があるものと感じています。日本はアジアに目を向けない限り発展を享受できないとの気がします。ベトナムは現在、輸入は中国、韓国から、輸出はアメリカが最も多くなっています。TPP加盟国であるベトナムは、日本との関係が今後もっと大きくなることは容易に想像がつきます。この件については、もう少し緻密に調べようとしていますので、今後お話できる機会があると思います。このお話は、もう少しねたを詰め込んでからお話をするとして、今回は私が講演会に使う資料つくりのために中国のグローバル戦略を簡単に勉強する機会がありました。そこでインスパイアされて思いをめぐらせたお話をさせていただきます。

 

中国では二つの試み・考え方があります。一つはアジアインフラ投資銀行です。これは中国が提唱して、ヨーロッパ各国など51カ国が参加し、成長するアジアを取り込むためのインフラ投資の金融機関です。アジアの発展を取り込もうと中国の提唱にヨーロッパの諸国は同意しました。

もう一つは、「一帯一路構想」です。中国西部から中央アジアを経由してヨーロッパに繋がる「シルクロード経済ベルト」、これを一帯といいます。また、中国沿岸部から、東南アジア、インドアラビア半島、アフリカ東海岸を結ぶ「21世紀版海上シルクロード」、これを一路と言います。中国の成長をシェアしながら、周辺国と経済圏を構築し、善隣関係を構築しつつ、過剰投資に悩む中国企業の販路拡大、投資の拡大を狙っています。中国のそのような戦略は、調べてみると歴史上実際に存在した経済圏を再建しようとの野望であることに気がつきました。かつての中国は歴史上そのような重要な位置にあったのです。

 

世界史は西洋史を中心に教えますが、実はアジアの方から文明が興った歴史があります。四大文明のうちエジプロ文明はアフリカですが、あとの3つはアジアです。メソポタミア、インダス、黄河文明はいずれもアジアです。宗教も神道のようなアニミズムの発生の後、ヒンズー教、仏教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の順番で宗教が誕生しました。すべてアジア生まれです。神道の説明でアニミズムとの言葉を使いましたが、生物・無機物を問わないすべてのものの中に霊魂、もしくは霊が宿っているという考え方で、人間が現れてから最初に起こった宗教的意識です。もしかしたら起源はアフリカかもしれませんが、最も起源が古い宗教の一種である神道は日本で独自に発展していることは皆さん承知の通りです。

 

そこで私が気づいたのは、その宗教の伝播と貿易の発展は同時に進んでいる事です。思想の伝播と物流は関係があるのです。宗教の拡散と貿易は、大航海時代こそ主役が宣教師とヨーロッパ諸国になるのですが、それより以前はインド商人であったり、アラビア商人であったのでした。アラビアンナイト(シンドバットの冒険)などにはその形跡があります。アラビア数字というのは、実はインドの発明なのですが、アラビア商人が西洋に伝えたのでアラビア数字といわれたようです。アラビア数字の特徴は、ゼロの考え方があることです。一方ローマ数字にはゼロはありません。ゼロの概念は、その後の仏教思想の「空」に繋がっています。仏教とアラビア数字の相関関係など面白いですね。ゼロとは「何もない状態」ではなく、「ゼロという状態がある」という事だと言います。ずいぶん哲学的な言葉です。ローマ数字では「ゼロという状態があること」に気がつきませんでした。このことからもアジアの文化の質の高さを感じます。そのようなインド人は昔から、数字に強く、商業には向いていたのかもしれません。今では論理的思考が必要なITエンジニアなどはインド人を中心に発展しています。

 

アジアが優れていた例はその他にもあります。ヨーロッパの近代化を進めたルネッサンスの三大発明は有名です。火薬、羅針盤、活版印刷ですが、実は中国で発明されていたものを改良しただけの話です。すべては、アジアの商人がもたらした情報をもとに、西洋人が模倣をしたものなのです。そのころはヨーロッパはアラビア、アジアの勢力に押されていました。産業革命以降は、西洋の文明を日本が模倣して、韓国、中国、東南アジアに広がっていったのと逆のルートで文明が広がっていった歴史があるのです。羅針盤などはアラビア商人が海運のために使っていました。ただ、アラビアの商人がアジア西部、北アフリカを支配していたために、遅れていたヨーロッパ諸国がそこを避けて、アジア、アフリカの中部以南、そして新大陸に向かうために羅針盤を改良したのが実際です。ヨーロッパでもその当時発展していたのは、ポルトガル、スペインでした。その後、オランダ、イギリス、フランスなどが出てきますが、まだまだ遅れていました。今はヨーロッパをリードしているドイツは、最も遅れた部類の国でした。イギリス、フランスなどが力をつけるのは、宗教改革(カトリックから、プロテスタント)の影響が功を奏した結果です。今まで立場の弱かった商工業者の権利が認められたのです。それと西洋が近代化するための思想、資本主義の思想、簡単に言うとカンパニーと言う発想と蒸気機関の発明が大きかったと思います。新たな発明は進歩を生むのは間違いないことのようです。

 

視点をもう一度アジアに変えます。アジアは商工業者が以前より活発に活動していました。インド商人は、ビンズー教を東南アジアにも広めましたが、そのうちにイスラムなどに勢力を奪われます。カンボジアのアンコールワットの遺跡、インドネシアは今やイスラムの国ですが、バリ島はビンズー文化の伝統を持っています。インド商人やチベットの商人は、仏教を東方に伝えました。シルクロードの商人は、ソグド商人などが有名ですが、中央アジア、中国の一部にイスラム

を伝えてながら商売をしていました。

 

アジアの遺跡を見ていると宗教があちこちに伝わっていたことを物語っています。ヒンズーは今ではインドだけの宗教ですが、遺跡はカンボジア、インドネシア、ベトナムにもあります。また仏教遺跡は、アフガニスタンのバーミアンにありますが、タリバンに破壊されてしまいました。インドにあるタージ・マハルはイスラムの遺跡です。日本人にはなじみがないですが、旧ソ連の諸国ウズベキスタンなどは、シルクロードの重要なオアシス都市がありました。サマルカンドはとても有名です。これもイスラムの遺跡です。日本で独特な発展をした神道と仏教が並存しているのは世界では珍しい現象です。前回お話をしましたが、縄文文化と弥生文化の融合による結果なのでしょうか。

 

私が思うのは、アジアはお話したようにいろいろの文明が起こった地域です。考え方も様々です。そのような刺激が文明を作ったと言ってもよいでしょう。

アジアはそんな宗教の伝播と国際貿易、交流が盛んな地域であったことが、この地域を魅力的な地域にしているように思います。そして現在は、再びアジアの時代と言われています。アジアは歴史的に遅れた地域ではありません。それを日本人は知っておく事も重要です。その上で、アジアとの連携を深く考えることが必要な時代になったのだと思うようになりました。

 

以上