私が仕事を始めて9年目になるホーチミン市は日中の気温が最も高い時期になっています。乾季の終盤の4月の昼間の気温は35~40度程度にもなります。ただ、日が沈むと湿度が低いので結構すごしやすい気温になります。昼間でも多少風があり、日陰に入るとそれほどの暑さを感じることはありません。35度から40度と言っても夏の日本の気候に比べればすごしやすいと思います。5月からは、湿度が上がり、一日1回程度のスコールのある季節になります。朝から気温が上がり始めると昼すぐあたりから積乱雲が発生してスコールになることが毎日繰り返します。ベトナム南部の気候は、一年中で低いときでも25度前後、高いときは35度から40度まで程度の範囲で乾季と雨季が繰り返す気候です。

熱帯モンスーン気候といわれています。

ただ、ベトナム北部は亜熱帯性気候で四季があり、年間の気温差が激しく、11~4月の朝晩は寒い。1~2月が最も寒く、7~8月が最も暑い。11~12月は降雨量も少なく、過ごしやすい特徴があります。湿度が高く、カビが生えやすいと言うので、日本の南の気候に似ているかもしれません。

そのような気候は、人間の性格形成にも影響を与えるようです。南部の方がのんびりして、陽気な人が多いようです。北部の人は、比較的しっかりしているが、あまり人懐っこい感じがしないそうです。北部のハノイは政治の町、南部のホーチミン市(旧サイゴン)は経済の町といわれます。ハノイの方が硬く、ホーチミンのほうは柔らかいと言う特徴は、この気候の影響も多少はありそうです。

そんなベトナムのときどき目にするニュースで、日本とは違う傾向を感じることがあります。今回は私が気になるネタを少し披露しましょう。

まず一つが、「自分が中間層」と思う人が96%と言う記事がありました。

その調査は日本の広告代理店、博報堂生活総合研究所の調査だそうなのですが、

中間層意識を持つ人が96%に上る一方で、世帯収入ベースで区分すると50%程度に留まると書いてありました。ベトナム全体の所得はまだかなり低いですが、

中間だと思う人は増えているようです。

同時に英国系不動産サービスのナイト・フランク社のレポートによると住居以外に33億円以上の資産を持つベトナム人が2015年に168人になったとの事、10年間での増加率は世界一と出ていました。それから10年後には2.4倍の403人になると書いてありました。この1の位まである数字は一体何と思いましたが、

経済成長することはうらやましい限りです。

その一方で、ベトナム人の平均身長は過去10年間ほぼ変わらずという記事がありました。ベトナム栄養研究所の調べで、現在のベトナム人の18歳男性の平均が、164.4センチ、女性が153.4センチとの事で、日本人から比べてもかなり小さいですね。原因としては、乳製品が高く購入できないこと、水産物が少ない食習慣、慢性的運動不足となっていました。ベトナム人の若い人の体系は、やや肥満体が増加しているように思います。多少、豊かになってもまだ本当は貧しいこと、日本のように若い人が運動する習慣がないことが、必ずしもいい方向に行っていないことが感じられます。確か日本は高度成長期に、若者の身長が伸びたような気がします。ベトナムの場合は、身長が増えず、体重だけが増えているのは何か将来の問題になりそうに思います。そのことは、見かけの経済成長に隠れたいびつな実体を現しているように感じましたのであえて紹介をさせていただきます。

国の発展過程には、労働賃金がまだ安く、生産人口が多い時期を人口ボーナス期といい、多くの国では成長をします。その時にそれだけに頼っているのではなく、もっと先の人を育てること、教育に力を入れた国がいいものを残すのだろうと思います。日本の歴史に目を転ずると武士の時代、子供たちにきちんと教育をした藩が歴史に名を残しているように感じます。
その点で言うと、調子がいいとき、悪いときでのものの考え方が将来の繁栄を決することがあると考えた方がいいかもしれません。その点で、私は日本経済景気回復への対策が病気を治す対処療法のみになっており、将来への視点がないのではと思います。そろそろ2017年に予定されている消費税増税を延期したほうがいいとの声が上がり始めています。

確かに日本の景気がよいと実感をしている人は少ないと思います。逆に苦しくなっていると感じている人が多いでしょう。アベノミクスによる量的緩和で円安になり輸出が増加すると思いきや、必ずしもそのようにはなりませんでした。逆に輸入品の価格は値上がりするので食品などの物価は多少上がったことでしょう。アベノミクスの政策の意図は、マネーを膨張させることで国内および外国資本の期待に働きかけ、株価などの資産価値を引き上げ、新たな投資を促進しようとの政策といえるでしょう。ただ資産をほとんど持たない階層には恩恵は及びませんでした。もし及ぶとしたら、企業が収益を拡大して、正社員の雇用拡大、給与のアップを実現できれば可能なのですが、そのような動きにはなっていません。

私なりに見て、日本経済を多少支えている好転できる要因は次ぎの事です。

  • 日本からの輸出より、生産拠点をグローバル化して稼ぐ。
  • 特許など知的財産のライセンス料で稼ぐ
  • 外国人観光客の増加によって稼ぐ

これらはどれも日本や日本人だけではどうにもなりません。現実に日本経済の落ち込みを多少和らげているのは海外との関係があるからです。海外との取引やシフトがあるからまだ最悪の事態は免れているのではないでしょうか。

そこで景気が悪くならないように、消費税増税をやめるべきだとの主張は確かに一理あるのですが、問題の本質には迫っていません。消費税増税をしなければ、景気が良くなると言うことはないでしょう。

ではなぜ日本はいろいろ経済政策をとっても景気が回復しないのでしょうか?

皆さんはどう思いますか?経済政策が悪いのでしょうか?私は確信を持って言える事があります。このお話の前半で、ベトナム人の96%が自分を中間層と思っているという事実を伝えました。中間層と思える人の精神状態は、普通の人と同じような生活を送ることができるという確信です。そのため人と同じものは自分でも持っていたいと思います。ベトナム人は将来に不安を感じている人が少ないからできるのです。私から見ると余り根拠がないと思うのですが、自分はだんだん豊かになると思っています。だから、普通の人と同じ程度はものを買います。消費をします。社会全体がそんな空気になっているときは、経済政策はそんなに難しくありません。バブルの発生を注意してみていくだけですみます。ただ、私はベトナムにもやがては経済成長が止まるときがくると思います。その時に世界で役に立つ考えや技術を持っていないとやがては没落すると思うのです。しかしベトナムは今、無条件に明るいと言えるでしょう。

それと正反対なのが日本ではないかと思います。日本の経済が好転できない要因の最大の理由は、日本の中間層が貧困化していることです。貯金のない貯蓄ゼロ世帯が2012年からの3年間で470万世帯ふえ、2015年には1992万世帯になったとの事です。過去最高を更新しました。賃金が正社員の6割程度しかない非正規社員も増え続け全雇用者の40%を超えるようになりました。中間層の貧困化が進む中で、多くの人は普通の人と同様な生活をするためには、無駄遣いはしないようにしようとするでしょう。将来が不安なので金利が少なくてもお金をためておこうとします。そんな状態が日本の現状です。

中間層の貧困化には避けられない理由もあります。それはグローバル化とIT化がそれをもたらしました。今までの資本主義では、先進資本主義国が稼ぎ出すことができる周辺(フロンティア)を容易に探すことができました。周辺から利潤を得ることができました。周辺国から安く輸入して、高く売るなどです。今までは地理的空間的な違いで高い利潤を得ることができました。その周辺(フロンティア)が、経済のグローバル化、IT化で周辺の意味が薄れて来ました。ITと金融を駆使した電子・金融の空間で利益を確保しようとの時代になりました。ただ、ITと金融の融合は、バブルの形成と崩壊を繰り返し、事前に資本を持っている人だけが利潤を確保し、\持たない人はますます没落して行く構図を作ったと言えるでしょう。

「21世紀の資本」を書いたフランスの経済学者トマ・ピケティは次のような単純な論理を長い歴史を分析して証明しています。資本主義は株や債券などの収益率を表す「資本収益率」が、所得あるいは賃金の増加を表す「経済成長率」を常に上回ると言うのです。

資本収益率(r)≧ 経済成長率(g)  (本当は=はいりません)

言葉は難しいのですが、言っていることは単純です。資本家は自分の儲けよりも多くの賃金を支払うことはないという事です。もしそのようなことをすれば、普通は企業が倒産します。しかし、近年の特徴は資本収益率が下がっています。その端的な表れが、金利が下がっている事です。資本を投下しても大きな収益を確保できなくなっていることを金利の低下が物語っているのです。そのため収益率を上げるための無理が必要になりました。何とか収益率を上げるために、資本主義は周辺からの利潤に変わる収益確保を金融とITに求めたのです。

先日、世界的な大手銀行の予想でFinTech(ファイナンスのテクノロジー、IT化の事です)で銀行員が大幅に減るだろうとの試算がされていました。人も店舗も少なくていいのです。IT化によって、人の関われる仕事が減り続けています。グローバル競争のお陰で、仕事はより人件費の安い方法を選択するようになりました。製造は海外、サービスの仕事は非正規社員によって行われ、人間がしなくてもできる事を機械や通信設備に取って代わられるようになってしまいました。このことは銀行員という比較的高額な中間層も没落の危険性があるという事です。

その中間層の問題の解決なくして景気の上昇はないと思います。増税を凍結すると言う処置に必ずしも未来はありません。対処療法に過ぎません。限られた財源を何に使っていくかを考えるべきだと思います。そのために必要なことは、非正規社員がもっと安心して生活できる環境を整備すること、高齢者が多少でも働ける環境を整備すること、「保育園落ちた。日本死ね」で有名になりましたが、子育て世代が働きやすくするなどは当然力を入れるべき政策だと思います。

その反面、資本主義あるいは資本主義に限らないかもしれませんが、社会とは貪欲な人、有能な人、努力をする人が、全部とは限りませんが、その中の運がいい人が冨を寡占してゆく歴史でした。矛盾が激化したときに、それまでは中心的な存在ではなかった層を中心として社会変革をしてきた歴史だったような気がします。明治維新では、権力を集中していた大名などの武士が下級武士たちの力で体制が変わり、一旦は冨の集中はなくなりましたが、「あさが来た」で皆さん喝采された主人公のような新鮮な方々が現れて、成功者がいずれ財閥になり、富みを寡占化していくことになりました。

また第二次大戦後、第三者のアメリカが財閥解体、土地改革により没収し、貧富の差がなくなりました。富める人がいなくなり、すべてが貧しくなったのでした。そこからは努力した人が報われると皆が信じることができる環境でした。そのこともありエコノミックアニマルともいわれるくらい国民が働いた日本は豊かになり、一時は総中流社会というような時代もありました。まだ、グローバルな世界を見る必要がない時代でした。それは今のベトナムにもいえるのですが、まだ賃金も安く、価格競争に勝てたことで仕事を増やすことができました。賃金が安く一生懸命働くことで経済大国になることができました。経済大国でなかったから経済大国になれたのです。賃金は安くても、がんばれば幸せになれるとの希望を持って働ける環境だったからだと思います。

ところがグローバル競争が激化し始めると、資本主義は安い海外で生産する、あるいは雇用を非正規化し賃金をさげる方法で生き残りを図らなければ企業が存続できなくなりました。社会の発展の結果、国民の所得が上がった結果、グローバル競争に勝てなくなってきました。そこも企業が競争に勝つために、貧富の差を拡大し始めました。企業が倒産すると働き先もなくなるので、やむなく非正規社員は増えていきました。そのことは社会の宿命という面はあるかと思いますが、そろそろ限界に近くなって来ていると思うのは、私の個人的な考えです。従来型の金融政策で、解決できないのではと私は思い始めるようになりました。ベトナムの人たちの幸せは、自分は中間層と思えることの安心感です。日本もかつてそうだったように。今、私たちは、周りの人と比較した幸せ感に安心するのではなく、自分が幸せだと思える考え方、生き方を見つけない限り、没落が付きまとう時代になった事をあきらめるより他にないかもしれません。お金がなくても幸せを感じるのは、どんなことかを考えてみるいい機会ではないかと思います。

以上