ベトナムで日々暮らしているとビルや建物などの外観だけでなく、人々の考え方も急速に変化をしつつある事を感じます。今年4月中旬に、ベトナム北中部の沿岸で魚が大量死する事件が起こりました。地元住民は、近くで操業するフォルモサ・スチール(台湾系の会社)の貴金属を含む廃水が海に流れ込んだことによる大量死であると判断をしました。ところが政府が一向に原因の発表をしないことから、住民によるデモになりました。それが遠く離れたホーチミン市でもデモが発生しました。一昨年に起こったデモは、反中のデモでしたが、今回は政府に抗議をするためのデモでした。政府はそれを受けて、「この問題は深刻なので、結論は科学的根拠、合法性、客観性を確認して6月に発表する」と述べざるを得ませんでした。なぜ、このようなデモになったかというと、政府はその会社から多額のお金をもらっていて、問題を指摘できないのではとの民衆の怒りの声だったのです。私はこの民衆が行動することができる国として、自由度の高まり、健全性の高まり、エネルギーを感じました。

 

また、時代が変化していることを強く感じた出来事が5月の後半にありました。5月23日から25日までのオバマ米大統領のベトナム訪問です。日本で行われた伊勢志摩サミットの訪問の前の外交行程です。ベトナムでは、ハノイとホーチミンを訪問しました。ハノイでは政府幹部との面談、ホーチミンでは民間人との面談が行われました。ハノイでは大衆食堂でブンチャというハノイ名物のヌードルを食べている記事が出ていました。ブンチャといってもわからないと思いますので、簡単に説明しておきましょう。ベトナムの麺は原則米でできています。フォーが温かいスープ麺なら、ブンチャはつけ麺です。麺に生野菜、揚げ春巻きなどをトッピングして食べる伝統料理です。ベトナム人の庶民料理をアメリカの大統領がいただいたのでした。その後オバマ大統領は、24日にホーチミン市に移動しました。その時は私の会社の近くのビルで、若い経営者や文化人とのミーティングが開催されたのですが、道路の交通規制と同時にオバマ大統領を一目見ようとするベトナム人群集で道路わきは一杯になりました。弊社のベトナム人社員も多くは外に飛び出していきました。オバマさんはかっこいいなどといいながら、アイドルを見つめるような目で見ている姿が印象的でした。

 

オバマ大統領のホーチミンでのミーティングは、ヒップホップ歌手との会話をし、ベトナム風ヒップホップの実演をリクエストしたこと、青年経営者からベトナムで頭脳流出が起きないためにはどうしたらいいかとの質問があったことが伝えられています。それについてオバマ大統領は、「教育システムや起業しやすい条件を整えることなど、才能にふさわしい環境を用意することで、人はチャンスをつかめると思えば、母国を離れたいとは思わない」と語ったことが伝えられています。人々が、自分の才能を発揮できる機会がその国にあれば、才能はそこで開花することができるのです。

以前、放送でも伝えたことがあると思いますが、アメリカが提唱するTPPにベトナムも加盟します。そのことに対してベトナムでは、TPPで最も恩恵を受けるのがベトナムだと信じられています。なぜかというと、原材料、部品、素材などが関税なしでベトナムに入ってくると、TPP内で圧倒的に人件費の安いベトナムが生産拠点になるというものです。特にアメリカ、日本などへのアパレル商品はかなりシェアが伸びると考えられています。ベトナムにとっても、アメリカは大事な貿易相手国になっていくのでしょう。

 

ベトナムが変化していることを感じるのは、私の事業の変化にも現れています。ベトナムでは昨年7月に住宅法が改正されて、ベトナムに入国できる外国人は、マンションなどの不動産物件が買えるようになりました。法律が変わったといっても細部が明確になっていないので、私は具体的には動いておりませんでした。ところが日本国内で海外不動産投資セミナーなどをしているコンサルタントから、ベトナム不動産購入のサポートをして欲しいと依頼を受けました。もろもろのリスクをとる仕事ではないので引き受けることにしました。この依頼された仕事とは、日本人がベトナムを訪れて不動産を見学する、その後購入を希望されたお客さんには手続のお手伝いをすることです。特に大事な仕事は、不動産購入の手続、契約書のチェック、また支払いの方法とその投資による収益の海外送金の流れを、法制、税制ならびにベトナム外為法に合法的な形で対応ができるかを確認する事です。日本人がトラブルにならないような対応を図ることです。やや難しいこともあるのですが、重要な仕事と思い対応をしています。

 

ベトナムの不動産開発は、日本などの外資も入り始めています。クリードという投資会社の物件は私どもも案内をします。その他、西鉄・阪急不動産、東急の不動産などもありますが、意外と人気の中心になるのはベトナムのデベロッパーの開発物件です。なぜならば、立地が極めていいからです。ここではベトナムの最大手のビン・グループの話をしましょう。ビン・グループの会長のファム・ニャット・ブオン氏は、米経済誌フォーブスの発表する世界長者番付にランクインしている人です。1968年にハノイで生まれ、父は空軍の兵士、母は喫茶店経営をしていました。戦争が終わり、実はベトナムは経済が悪化していました。急に取り入れた計画経済が機能しなかったのです。その一家は、喫茶店の収入だけで生活をしていたのですが、優秀なブオン青年は国費でモスクワの学校に留学します。1993年に卒業をしたのですが、ソ連崩壊の大変な時代でした。しかし、それがチャンスだったといいます。知り合いから調達した100万円ほどで、ウクライナでベトナムレストランを開業しました。東ヨーロッパに勤務したことがある駐在員に聞いたことがあるのですが、食事がワンパターンで大変だったと聞いたことがあります。その点、ベトナム食はいろんな味があるので人気が出たのでしょう。そしてその時、ベトナムから製麺機を輸入して、インスタントラーメンを作ったそうです。それが成功して食品加工のトップ企業になり、年間150億円ほどの売り上げを上げたとの事です。

2000年に入ると稼いだお金で祖国の発展のために使おうとのことで、高級リゾート開発にお金を投じました。最初がニャチャンのビン・パール事業です。

その後、ハノとホーチミンでオフィスなどの複合ビルを建築し、今は高級なマンション建設をいくつも手懸けています。ウクライナの会社は2009年にネスレに売却しましたので豊富な資金があり、それらを活用し積極的な投資をしているようです。海外でチャンスをつかんだ人が、資金を持って今後は祖国のベトナムに投資をするチャンスが開けているのです。オバマ大統領がいう才能を生かす環境がこの国には整いつつあります。

 

一方日本はというと、確かに金融緩和の影響もあって、東京など一部の地域では不動産価格の上昇の傾向があるといいます。金融機関が有効な貸付先を探していることもあり、不動産など担保がはっきりしているものには融資しやすいことも理由なのでしょう。その点でだけみると経済発展しそうな不動産の値段が上がっているのはどの国でも大差がありません。ただ、日本の場合は、一部だけの話です。リスクのある海外にでも不動産投資をしようと考える人がこんなにもいる事を私は驚きをもって感じました。ただ、海外投資は甘い話ではないので注意が必要です。それでも海外投資をしようという方々の一部には、日本の経済の状況への諦めを持っている人も多いのを感じます。

 

日本では消費税増税の再延長が発表されました。多くの人は当たり前と感じている消費税の増税延期は、実は今後の社会に大変な影響を与えることになると思います。年々、増加する社会保障費は、大きく削減せざるを得ないからです。特に団塊の世代の人たちが70歳を超えた以降の医療費は莫大に増えることでしょう。世界最高の高齢化社会である日本は、相当の覚悟が必要になっているはずです。ベトナムにいる私は若くて活気がある社会を実感していますが、日本に戻ると明らかに老人が多い事を実感します。10年後、20年後の立場の変化を想像できます。日本にはもう自分だけで優越感を持って生きられる余力が少なくなってきていると思います。その点では生き方や考え方を大きく変える時期にさしかかっているのではと思います。

 

日本だけにいる人は気がつかないと思いますが、私が日本に帰ったときに特殊な社会だと感じることがあります。端的な例は満員電車の中です。満員にもかかわらず、人の声や咳払いさえ聞こえないのです。ほとんどの人はスマホの画面を見たり、メールを打ったりしていて、誰もが他人の顔を見ていません。一見、上品でマナーを守る社会にみえますが、「銀河鉄道」に乗っているのではと思ったくらいです。ベトナムはというと、エレベータの中でもおしゃべりは止まりませんし、会議中でも携帯電話がなり、それに応答するベトナム人もたくさんいます。ときどきマナーくらい守れよと思うのですが、日本を見ていると行き過ぎているのではと感じます。過剰な静けさ、過剰な緊張が社会を萎縮させ、他者を排除する余裕のない社会になり始めている可能性もあります。会話があふれて騒々しいベトナムに比べて、ある種病的な現象のように感じました。

 

ベトナムに長くいると、近くにいる人と屈託なく話をすることは、人間の自然な行動のようにも思います。その点、日本のほうはどこか押さえられた閉塞を感じるのは私だけでしょうか?その閉塞した気持ちを開放してくれるのは、心許せる仲間と繋がれることかもしれません。スマホでメールを打っている人は、特定の誰かと繋がろうとしています。ただそれは、そこにいる人ではなく、仲間として受け入れた人だけのつながりです。満員電車の中にはたくさんの人がいますが、繋がっているのはごく限られた仲間意識をもてる人たちです。ネット社会の普及が、グローバルな壁を越えて、いつでもどこでも誰とでも繋がれるようになったとはICT技術の宣伝文句ですが、繋がっているのは通信手段がないときよりも限られた人になっているとしたら皮肉な話です。

 

最近日本ではヘイトスピーチの規制法案が話題になりましたし、不寛容社会などとの言葉も聞くようになりました。日本人は外国からの来訪者に対して、「おもてなし」の精神など、親切で寛容なのが売りの国民性だったように思います。どの国に行っても日本ほど親切な対応をする国はないと思います。しかし、日本人はその場での親切心はありますが、外国人を公平に扱う、あるいはネットワークに入れることにはガードが固いのです。比較的日本人は狭い範囲の共通の話題を共有し、あるいは自分が受け入れやすいものだけを仲間とする傾向が強いのではと思えることがあります。Jリーグの外国人選手への差別投稿などが話題になることがありますが、それは狭いネットワークしか持たないことと、国際感覚の未発達、そして日本の将来への想像力不足が原因のような気がします。

 

ロボット工学の言葉ですが「不気味の谷現象」という言葉があります。それはロボットがその外観や動作において、より人間らしくなるにつれ、人間はより好感的、共感的に捉えるが、ある時点で突然強い嫌悪感に変わる地点があるということです。より近づいた瞬間に人間あるいは自分との違いを強く意識するようになり、その違いが気にくわないとの感情をうむのです。ロボットに限らず人間同士でも当てはまるような現象です。日本社会の中では、マイノリティー集団に対して、自分とはかなり相違しているときは親切に振舞えるのですが、より身近になるにつれて、ちょっとした違いが許せないことに感じてしまうことがあるのではないでしょうか。価値観や考え方がかなり違っていてよくわからないときには、相手への気遣いや遠慮でそれなりの親切はできるかもしれません。その中で相手がより近づいてきたときに、ちょっとした違いを理由に排除したり、否定したりする感情が起こってくるのは日本人だけでないかもしれません。ただ、比較的価値観の違う、または人種が違う他者との接点が少ない日本人はその傾向が強くなる可能性があります。

 

日本社会が高齢化を驀進し、社会保障費も増加する中、日本政府は税金も上げない先送りの判断をしました。このことで経済の失速が止まり、日本あるいは日本人は豊かに生きていけると考えるなら、余りにも楽観的過ぎると思います。現実には5年から10年後、もっと深い危機が迫っています。世界との接し方を覚悟しておかないと後悔することになると思います。自分と同じ人、気の会った人以外とは付き合わないとか、自分とは違う人を敵対するような事にばかり関心を持っていたとしたら、どんどん孤立していくことになるでしょう。人は皆多少なりとも異なるところがありますので、細かいことで排除していたら自分以外とは付き合えなくなります。また、日本人が嫌なことは外国人も嫌なのだとの想像力も必要です。日本人がしたくない仕事、例えば介護労働がきついなら、外国人に日本語を覚えてもらってやるようにしようという考えは奢れる国の発想です。そのような傲慢な考えに立っているとどこからも見放されることになると思います。

 

日本は自分だけの力で豊かになることは難しい時代です。親しい仲間内だけで共感できることを大切にするだけでなく、グローバルな人にも目を向けるべきです。日本人は元来、多くの人が日本に留まって生きています。それと同時に日本に留まっていられる経済状況でもありました。しかし、グローバル社会では、そのままでいることで、豊かになることはできないでしょう。海外に出ないことには利益を得られないことも増えていきます。逆に海外の人を受け入れることで利益を生むこともふえています。

 

日本では明治維新政府に関わった若い人たちが西洋に出かけ、異文化を学び、それを日本の発展に生かしました。ベトナムの成功者も一時期は海外に出て勉強した人が、海外での知識と成功したお金を持って、祖国の発展のために使うようなケースが増えています。ボートピープルとして、日本に渡ったベトナム人にもそのような人がいます。どんな人にとっても祖国にチャンスがあると思えるようになれることは幸せです。でもそれが必ずしもできないときは、次善の策として理解しあえる仲間を増やして、仲間にも良い思いをさせながら、自分でもその恩恵を一部いただくような考えが必要ではないでしょうか。いつの時代でも異文化から学ぶ姿勢を持ち、その良い点を取り入れる柔軟性がある人が、社会発展を支えてきているように思います。不気味の谷現象ではありませんが、ちょっとした違いに、排除の気持ちや嫌悪の気持ちを拡大していくよりは、その違いの理由を理解しようとして、相手への理解と共感を拡大することが、いざ環境が整ったときに自国のプラスになるように思います。日本は今では奢った考えに立てる時代ではないことを自覚すべきです。

 

以上