私はベトナムにお越しになる日本企業の経営者に、お話をお聞きする機会がたくさんあります。先日お会いした社長は、創業社長から今年1月社長を禅譲されたまだ40代の若いIT企業の社長でした。ベトナムは初めての訪問との事でしたが、ベトナムの活気あふれた景色にとても興味を示していました。夜、お食事をご馳走になったのですが、そこでの雑談が私からすると衝撃的な発言がありました。その社長が言ったことは、「これからの人材採用は全部外国人でいいんじゃないか。日本人の若い人は、仕事に意欲のない、人に働かされている者ばかりだ。それだったら、稼ぐ気があって、夢を持っている外国人の方がいい。」

私は長いこと日本で仕事をやってはいないので、日本の実情はよくわかりません。ベトナムに出てきている日本人は、若者も含めて、ベトナム人を指導しながら一生懸命やっている人が多く、日本人よりも外国人の方がいいと思ったことはないのでとてもびっくりしました。

 

そのIT会社の社長に私は訪ねました。先月この放送で伝えた内容です。「ITの普及でどこでも、いつでも、誰とでも繋がれるはずのIT技術が、皮肉なことに自分と親しい限られた人としか繋がらなくなっているのではないでしょうか」とお聞きしました。ところが、その社長は必ずしもそうではないといいました。「最近は見ず知らずの人とサイトを通じて接点を持ち、初対面で家にも入れるような人が増えていますよ」と言いました。私は、確かにそのようなこともあるかもしれませんね」と答えましたが、なぜこのようなことが起こるのだろうかと思いました。根本的に想定しなければいけない危険察知能力が欠如しているのではとも思いました。逆にもう一方の側は、相手の感情や気持ちとは関係なく、自分の求める事を勝手に行っているだけの話です。その点で、人間関係の構築に必要な自分お考えを伝えたり、相手を理解しようとするコミュニケーション能力とはかけ離れたものだと感じました。

 

IT会社の社長が極端に言ったのでしょうが、日本人がコミュニケーション能力を失っているとしたら、将来どうなるのだろうかと暗澹とした気持ちになりました。私の見る限り、まだまだ諸外国の人たちと比べても、日本人は信頼できるし、優秀だと思います。ところがこのような人材の劣化ともいえることが起こっているとしたら、それはどうしてなのでしょうか?何かがかけているのでしょうか?私は日本人の生き方が、大きなものに操られ、部分しかモノが見えなくなりつつあるのではと思うことがあります。木を見て森を見ずの状態です。選挙があっても経済を良くして欲しいとの為政者への期待だけです。多くの人はそれを求めていますが、以前のような高度成長を迎えることは不可能と断言しても言いかと思うくらいです。

 

世界はいたるところでIT化が進んでいます。IT技術者は社会の発展に大きな役割を果たすようになっています。私は身近なIT技術者を見ていて思うことがあります。優秀なIT技術者は、世の中の全体像を知ること、業務の全体像を知ろうとする努力をしています。それをYes,Noの選択肢に分類して論理的にシステムを作っていくのです。例えば、会計のプログラムをITの技術者が作るとします。その場合に、会計の業務フローを知っている人でないと意味のあるソフト開発はできません。そのため開発の責任者は、その業務のフローを専門の人と同様に詳しくなります。業務の全体像を見ている人だからこそ開発ができるのです。その点で全体を見ない人は、パーツの開発を任されるのみになりますから、全体の意味を理解することはできません。全体を知らないとそのシステムの意味も理解できません。

 

ところで冒頭からこんな話をしたのは、ベトナムの社会が、日本と変わらないくらいにITを駆使した手法に取り入れようとしていることを皆さんに伝えたかったからです。それとITのような世界共通言語は、日本と諸外国の技術者の能力も均一化させています。その中で働かされているだけの人と全体を自分で見ようとしている人では伸び方が違ってきます。

 

私たち駐在員は日常の移動手段として、タクシーを使います。タクシーというと高額なイメージがありますが、初乗り料金が12,000VNDです。高そうに聞こえますが、日本円に換算すると60円です。電車やバスに乗るより安いです。ちなみにベトナムでバスに乗ると10円~30円程度の料金です。交通手段の料金はかなり安いです。そんなに安いベトナムのタクシー事情ですが、「配車アプリ」が登場して来ました。海外でも展開しているウーバー(Uber)やグラッブ(Grab)が進出してきました。日本でも一部にはこのような仕組みが始まっているとは思います。ところで、配車アプリってなに?と言われるかもしれませんので、ちょっと説明しておきましょう。

 

運転手側とお客側がともにスマホを導入して使います。お客がアプリ上で現在地と行き先、車種などを指定すれば、近くで利用可能な車を瞬時に選び、それを予約してハイヤーとして使います。その時に料金の目安も提示されます。このサービスを提供する会社は、車は持たなくても契約した運転手とお客を結びつけることで手数料を稼ぎます。そんなサービスがベトナムでも拡大しているのです。

この活用はタクシーだけではなく、物流の配送を手懸けるバイク便への応用も始まっています。ITはモノの有効活用を実現しています。それを考えた人が利益を生むのです。

 

ベトナムのような新興国でこのような高度なITサービスができるのは、次ぎの要因があるからだろうと思います。

ビジネスの全体像をつかんでいて、どうしたら利益を得るか考えられる経営者がいること。

そのようなアプリを開発できる技術者がいること。

多くの人がスマホを持っていること、それを使いこなしていること。

実際、私自身がスマホを使いこなしているわけでもないので偉そうなことはいえませんが、ベトナムをはじめ新興国の若者たちは日々それを考えています。だから想像以上の進歩をしているのだと思います。

 

ベトナムには様々な日本企業の進出が行われています。それらの企業の進出を垣間見ながら、実際のビジネスモデルは私が考えているモデルと違うと知らされることがあります。イオンはベトナムに4店舗目をこの7月1日に開業しました。ホーチミン市とその近郊に3店舗、ハノイに1店舗です。そのイオンのビジネスモデルは、スーパーマーケット事業はごく一部です。収益をあげている主な事業は、不動産事業とプロパティーマネジメント事業(PM)です。不動産事業を手懸けるのは、イオンモール、PM事業を手懸けるのがイオンディライトです。イオンモールは、テナントに店舗を貸して、その家賃収入で利益を上げます。テナントとなる飲食店やその他サービス業者は、イオンの力を借りながら、海外でビジネスをやるために出てきています。イオンディライトは、物件の管理などを引き受け、テナントから収入をえます。スーパーマーケットは別ですが、店舗運営などを行っているのは、それぞれの別の企業で、イオンは場所を貸している事業者というだけなのです。

 

ベトナム・ホーチミン市の中心部で間もなく高島屋がオープンをします。そこにも続々とテナントとして入る日本企業があります。その企業は、家賃を支払って入ることになると思いますが、百貨店ビジネスには特殊なビジネス形態がある事を知りました。それはデパートに陳列してある商品が、デパート側が仕入れた商品ではないというのです。では何かというと、陳列しているまでの段階は商品の陳列を許可された業者〈サプライヤー〉が仕入れた商品なのです。そして、消費者が気に入って、買い物籠に入れてレジを通すときに、デパート側が仕入れたことになる仕組みなのです。その事を委託仕入れ、あるいは消化仕入れというようですが、デパートは在庫を持たない商売なのです。デパートにいる販売員も実はデパートの従業員ではなく、サプライヤーが給料を払っている人たちなのです。イオンモールに入っているテナントで物を買うときには、そのテナントの領収書が出てきます。しかしデパートでは、レジを通した瞬間にデパートの商品になるので、デパート名の領収書を渡すことができます。デパートのビジネスとは、場所の提供とブランド名の提供をするだけなのです。日本にいたときはそんなビジネスモデルだということを知ることはありませんでした。

 

ビジネスの進化のためには、全体像が把握できている必要があります。どんな商品を出すかは、サプライヤー任せになるのですから、デパート側は実際の接客もしない、消費のトレンドもつかまないことになりますから、マーケティング戦略を行うことを放棄した、在庫の責任をサプライヤーに押し付けたビジネスモデルであると思います。ただ、このようなモデルが通用した時代はあったのです。売り上げが伸びるのが当たり前で、デパート自体がブランド化していたので、場所と名前の提供は意味がありました。それらのアパレルのサプライヤーは自前の店舗を持つのも不動産賃料がかかるので、デパートに置くことができるのがベターだったのです。デパートに置けば数量ははけるし、信用力もあります。仮に返品されても、デパートにおいてある商品として、地方のブティックなどに持っていけば売れるので困ることはなかったのでしょう。高度成長期のWin-Winのビジネスモデルが日本では通用しなくなり始め、一部は海外に移転されるようになってきましたが、一部の事業形態は省略せざるを得なくなりました。

 

多くのものを消費しようとしていた時代は通用しました。それは若い人が多く、購買力が年々増している国であれば可能なのかもしれません。高島屋が出てきたのは、ベトナムにはそんな日本の高度成長前の雰囲気があるからかもしれません。日本の場合、そのシステムは高度成長期のとにかく商品があれば、多くの人が買う社会では通用したかもしれませんが、現在のような社会では通用しなくなりはじめているのです。

 

このことは単にデパートのビジネスモデルが、通用しなくなってきただけではありません。世界のシステムが、今までの成功モデルが通用しなくなり始めているのではと感じています。資本主義の原理原則は、資本収益率を上げることです。ところが資本を投下しても収益率は下がってきました。銀行の金利が史上最低レベルで上がらなくなっているのはその事を現しています。低い金利をつけてお金を貸しても、それに伴う事業収益が得られません。低金利でもそれ以上に利益を上げる事業を行うことが難しくなってきています。資本を投下する企業は、利益を生むことができるかを真剣に考えます。イオンのビジネスモデルもデパートのビジネスモデルも決して悪いわけではありません。その資本投下のリターンを得るためのモデルなのです。海外ではまだ従来型の投資が有効です。しかし、先進国内のビジネスでは、価格を下げないと売れなくなってきています。投下した資本を回収するための方策は、唯一人件費を削減することでしかえられなくなっています。それが非正規社員の増加に繋がっています。それが今の日本経済の現実です。

 

その資本原理の行く末が、先進国の中でもいろいろで始めています。イギリスのEU離脱の国民投票がありました。EUの求める自由な人の移動が、自分たちの仕事を奪っているとの怒りが根底にありました。アメリカでは人種差別的な思想を持ったトランプ氏が大統領候補になりました。没落する白人層の不満を吸収する形で、トランプ候補は支持を集めています。先進国では今まで繁栄を謳歌していた層〈中間層〉が没落するようになるのは、企業側の収益を上げずらくなっている事情が影響しています。その没落によって収入を失いつつある人たちは、外国から低賃金の労働者を受け入れることが影響していると思いはじめています。その一方で、バングラデシュでの日本人やイタリア人へのテロがありました。あちこちでテロが発生しています。まだまだ貧しいイスラムの国では、知識を得た若者たちが今まで自分たちの祖先を収奪搾取してきたのは先進国の仕業だと思い始めています。先進国の強欲が、自分たちを苦しめていると考えています。植民地政策、奴隷貿易など成長を支えた陰の要因が、今となってテロの温床になっています。

 

最後にちょっと軽い話で締めさせていただきます。先日私の友人と久しぶりに飲んだとき、ベビーメタルというグループを知っているかと聞かれました。日本の歌謡曲を聴くことも少ないので、恥ずかしながらその名前は知りませんでした。ユーチューブでその曲を聴きましたが、中々バランスの良いグループだと思いました。その時、桑田佳祐の「ヨシ子さん」という曲があるのを見つけ、興味本位で聴きました。桑田と年も近い私は、「ヨシ子さん」とは笑点メンバーになった三平のお父さんである初代林家三平が使っていたフレーズの「ヨシ子さん」だとすぐに思いました。曲は多国籍なサウンドで、インド、ペルシャ、東南アジア、あるいはラテンを感じさせる不思議な曲でした。中でも歌詞は、桑田の発音では聞き取れないのですが、なんとなくわかるのは、昭和のおっさんが最近の流行やシステム(EDMやサブスクリプション)なんかはちっともわかんないと言いながら、「サタデーナイトはフィーバー」、「演歌はいいなあ」と昭和を懐かしく唄いながらも、さびの部分で「ニッポンの男達〈メンズ〉、Are you happy?」あるいは「しゃれやエロが足んねぇ。」と唄う歌詞も魅力です。

 

おっさんの嘆きを唄いながら、ニッポンの男達(メンズ〉がおとなしくなりすぎている現実に体を張ってふざけながらも訴えている。そんな意味深さを感じました。変な曲と思いながらも、何回も聴いてしまう曲でした。冒頭で日本人の採用を減らして、外国人の採用を増やそうと発言した社長の真意は、桑田がふざけながらも伝えようとしている内容に近いのかもしれないと思いました。私にはそれが、日本人と外国人の違いとして、生活を楽しみ、仕事に夢を見て、生きる意欲にあふれているかどうかが問われているのではと感じました。人も国も成長するときはするし、老いるときは老いるのです。しかし、日本の政治は、国が老いる現実の中で、若い人たちの成長のチャンスを作っていくのが重要な仕事と感じたのは深読みすぎるでしょうか?今日はこの辺で終わります。

 

以上