この8月はリオオリンピック日本選手の活躍で大いに盛り上がっていることでしょう。私がこの原稿を書いているオリンピック前半戦は、水泳、体操、柔道などいつも以上にメダル獲得も多く盛り上がっていました。後半は陸上、レスリングなど日本期待の選手たちががんばってくれることを期待しています。その中で思わぬ競技でメダルを獲得する選手も現れることは楽しみの一つです。カヌー・スラロームの羽根田卓也選手などはほとんどの人が知らなかったでしょう。銅メダル後のインタビューへの受け答えなどは好感の持てる青年と感じました。彼の出身地の豊田市は私も3年間住んでいたことがありましたが、そういえば羽根田さんという苗字の方が結構いたことを思い出しました。オリンピックのことは、連日日本では放送されていることでしょうから、余り見ていない私が余計な事を言うのは避けたほうがいいですね。

日本の方が知らないオリンピック情報をここでは紹介します。私はベトナムに住んでいるので、ここはやはりベトナムの話題を紹介します。オリンピック前半に、史上初めてベトナムが金メダルを獲得しました。獲得したのは、ベトナム人民軍所属のHoang Xuan Vinh(ホアン・スアン・ビン)選手41歳です。ベトナム人民軍所属というのがベトナムらしいです。年齢も高いのですが、競技種目は射撃のエアライフルという競技です。職業軍人の方にはぴったりの競技です。

決勝のときの記事を一部借用しますが、ブラジルのウー選手と一騎打ちになったが、ウー選手がリードし、最後の20発目にビン選手が標的のほぼ真ん中を撃ち抜き劇的な逆転をしたと書いてありました。ビン選手はこの活躍で、ベトナム政府から現金10万ドル(日本円でいえば1000万円程度)を報奨金として受け取ることになるようです。ベトナムの年平均所得が2100ドル(21万円程度)ですので、庶民の所得の50年分と書いてありました。ビン選手が帰国すれば、カーパレードが行われたり、教科書にも載るかもしれないと書いてありました。新興国では、世界にその国の力を占めることはなににも勝る英雄的な成果です。

ちなみにベトナムでは過去2回銀メダルを獲得したことがありましたが、金メダルは初めてです。2000年のシドニーで女子テコンドーで銀メダル、2008年の男子重量挙げで銀メダルを獲得しています。以前は余り見なかったオリンピックですが、ベトナムのローカル放送でもダイジェストを放送していました。日本選手の活躍も放送していました。オリンピックの歓喜に触発されて若い世代にもスポーツ熱が高まっていくことでしょう。体は小さいベトナム人ですが、器用さと闘争心は人一倍強いので、格闘技系でそんな選手が出てくるものと思います。

ところで射撃の金メダルの話題の中で、指導していたのが韓国人監督で、金メダルを獲得した瞬間にその監督に韓国語で「サンキュー、監督様(カムドンニム)」と語ったと出ていました。韓国の食事をして、韓国式の指導の成果と書かれていました。韓国人監督への敬意を示したものと思いますが、国際的な関係はこんなところにも影響を与えるものかと感じました。ベトナムでは日本人の10倍近くの韓国人が住んでいます。ホーチミン市の空港に近いゴルフ場では、すべての掲示物にはベトナム語、英語と韓国語で書かれています。ベトナムの貿易黒字を支えているのは、韓国企業サムスンの製造するスマートフォンです。ベトナムの輸出統計の中で最大の輸出品目を各種電話機と記載されています。韓国人は韓国では仕事がないので、人生を掛けて海外に出てきています。日本のように転勤で母国に帰ることはないようです。成功者だけが母国での仕事を得られるようです。それぞれの国の厳しい現実を知らされます。

ベトナム人が好きか嫌いとかは別として、韓国の影響力はかなり強いと言うことがよくわかります。日本企業の進出が断然増えているベトナムですが、そのかなり前の段階から韓国人たちはベトナムに根付いた生活を送っているのです。私がベトナムに来た最初のうちは、ベトナム人から「Are you Korean?」と聞かれることが多くありました。理由は韓国人ですかと聞いた方が当たる確率が高いからです。最近は日本人が増えていることもあり、「Are you Japanese?」と聞かれることの方が多くなりました。ベトナムでは韓国の影響力には中々勝てませんが、アジアの中で日本の影響力を広めていくことは国策上も大切なことであると感じています。

ところで昨年、明治大学の坂本恒夫教授の主催する「中小企業ビジネスコンソーシアム」の設立15周年を記念した出版計画に、私も加えていただきました。
タイトルが「中小企業のアジア展開」(中央経済社発行)というので、実務経験をした私の執筆も加えていただきました。その書籍は3240円という高額な書籍ですが、6月末に販売されました。そこではたまたま私がベトナムに来た事情、会社の事業転換の経緯、海外事業のハードル、失敗事例、グローバル化への課題をまとめさせていただきました。以前もお話をさせていただいたことがあるのですが、最後の章の「グローバル化への課題」を要約してお伝えします。

日本は少子高齢化が進む中で、アジアの新興国が成長し始めています。今や日本はアジア新興国の成長エネルギーを取り込み、相互の補完関係を築いていかなくてはならない時期にさしかかっています。日本はいろいろの弱みももっていますが、それを解決するための日本のグローバル化は遅れています。その要因を経営の問題を中心に指摘をしています。まずは、No Action Talk Onlyと言われる決断しない経営姿勢、あるいは本社でしかものを決められない硬直した体制にあります。日本型経営は、集団でしか決められない、リーダーを作らない、言ってみれば責任逃れの経営になっているように見えます。変化の激しい時代には現場が考え決断をしなくてはならないと思います。その点で現場力がなくなっていると思います。

もう一つは自分たちの生活空間以外の事を余りに知らない、知ろうとしないことにあります。製品を開発するときに日本人が考えた良いものを取り入れようとしますが、海外の人には必要のないものまでを加えて高価格にしてしまいます。
最終的に勝つのは必要な要素を取り入れている、日本製より価格が安い韓国製品です。サムソンのスマホがベトナムで生産されて、世界にどんどん輸出されているのは、世界の人が求めているニーズをサムソンが現地に密着して体感しているからです。

そのような日本側の弱点を克服するためには、どうしたらいいのでしょうか。
それには失敗を恐れず、未知の世界に出て行く勇気を持つ事です。失敗をすることで、成功のための学習をすることができます。また、日本以外の世界を知ることは視野を広めることになります。今の時代が日本だけの成功を許す時代ではありません。その時期に日本以外の人とかかわり、日本人のよさを世界に伝えたり、外国人を理解することができるようにすることがグローバルで成功することであると思います。外国人と良好な関係を築いた人は、日本の価値を高めます。
というような事を指示された15,000字でまとめてみました。ベトナムでの事業を行った実感をもとにして書いたものです。

ちょっとかっこつけすぎましたが、私がベトナムへ来るきっかけになったのは、会社を退職してから、生保時代の仲間と一緒にやっていた事業で中々浮上できなかったためです。苦し紛れの状態でしたので、ベトナムに進出した企業の事業再生のお手伝いの仕事が得られたので、喜んでベトナムに来たのがきっかけです。多少、私が関わって新規事業が育ってきたので、私はその事業を引き継ぎ、長くベトナムにいることになりました。今の段階で日本に帰っても、以前の苦しい状態に戻ることになるため、日本に帰れない事情があるだけです。海外経験が長くなったお陰でこのような出版のお話をいただいたのですが、元を辿れば生活のためにやむを得ずベトナムに来ただけの話でした。ところが長くやっていると良いこともついてきます。

一方で、日本の実情を知ると日本に戻る事を選択できない事情もあります。先日、ある大手企業で定年を迎えて、日本に戻った方からお話をお聞きしました。その方は再婚で小さな子供がいることも理由になりますが、日本に戻って会社重役のハイヤーの運転手を派遣する会社に勤務したそうです。そこである会社の重役の運転手をしていたのですが、朝早くから、夜遅くまでの勤務でもあり、そのうちに腰痛に悩まされ、新しい仕事を探そうとしていると聞きました。60歳で定年しても皆さん大変だと知りました。もう一人は大手通信会社にいて定年を迎えた方は、最近ベトナムに戻って来ました。会社は日本で嘱託社員になることもできたようですが、本人が希望して現地採用扱いのベトナムで雇用してもらうことをお願いしたという事です。その背景には、嘱託社員の希望のなさがあるのではと思いました。それよりはベトナムで、日本企業やベトナム企業の役に立つのが楽しいと考えたようです。人はいろいろの選択をするようになりましたが、それは日本の事情の変化が色濃く影響しているように思いました。

今回は余り経済問題には触れませんが、日本で老後を迎えるときに私が気になっていることをお伝えしておこうと思います。私は経済の専門家ではないですし、いろいろな考え方があるので、断定的なことはいえません。ただ、考えるヒントとして話題を提供したいと思います。

ある時期に年金原資の7兆9000億円が運用損で消えていたとのニュースがありました。株価など変動資金で運用しているので、たまたまその時期に国内株や海外株の下落があったことによる一時的な現象との話で一件落着したように思います。その時は大きな話題にはならなかったようですが、私なりに奥が深い問題と感じたので、年金運用の仕組みなどをちょっと調べてみたことがあります。どういうことかをちょっと解説しておきます。140兆円以上の公的年金資産の運用をするのが、長い名前ですが年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)です。その組織が年金の運用を担当しているのですが、名前だけが政府とは独立した存在であることを意味していますが、実態は政府の意向を反映しているように思われます。実はこの団体は昨年運用ポートフォリオ(資産構成割合)を見直しました。どのように見直したかというと、それまで日本国債などの債券で60%の運用をしていたのを変更しました。増えたのは国内株式が12%から25%、外国株式が12%から25%、外国債券を11%から15%に引き上げました。債券中心から株式に大きくシフトしました。年金原資は大きな資産ですので多少の%の変化で大きな額が動くことになります。

アベノミクスの成果か否か、日経平均株価が比較的安定しているのは、年金資金がこのような事情で国内株式に流れ込んでいると言えなくもないでしょう。もしそうであるとしたら、株価を維持しないと運用損が発生することになりますので、株価下落局面では絶えず資金を投入しなければいけなくなります。日経平均が実体の株価よりも高ければ、どこかで下げの圧力が出てきますから、絶えずそのようなリスクが発生します。このような官製相場では、株価を維持し続けなければならないような事態になります。年金資産はいずれ安定した資金に変えないといけないので、株価が上がったときに売却しないといけません。ただ官製相場で引き上げているとしたら、上がる機会は少ないでしょう。年金の投入量が増えすぎると、株価の高いときに一気に売却したとしたら、株価は一気に暴落します。そんな危険性をはらんでいると思います。

日銀が7月に発表した金融緩和策は、日銀がETFを買い入れるというものでした。何のことかわからないのであまり問題にならなかったと思いますが、ETFとは上場投資信託の事です。日経平均株価に反映する株式を買い取るという事です。公的年金原資の管理機関や日銀が、上場株式の購入に躍起になっているという事です。これはある面では、公的資金で株価を維持させていると考えることができます。アベノミクスは円安誘導と株価の上昇を図ることによって、企業の投資意欲を高め日本経済の成長を図る政策だといえます。ただ、それだけに頼りすぎるといずれは両刃の刃になりかねません。重要であり難しいのが、第三の矢である構造改革です。構造改革は既得権を持っている人に悪い影響が及ぶ可能性があるので簡単には進まないものです。それができないと株価を維持し続けた先で、官製資金では抑えきれなくなって、一気に株価が暴落するなんて事態がないとも限りません。

私は海外に出ている立場で思うことがあります。金融政策は血液の流れを調整して、人を比較的健康にするための手段です。経済力をつけるためには、筋肉をつけなければなりません。私の例で恐縮ですが、苦し紛れにベトナムに来たお陰で、悪戦苦闘しながら筋肉をつけることができました。筋肉をつけるためには、人や国に守ってもらうだけではつきません。自分で生きる道を探すことが筋肉をつけることのように感じます。

今の政策だけでは、その血液が足りないところに、将来の血液を注ぎ込んで手当てをしているといえないこともないと思います。そうなるとこれから老後を迎える人には、血液が回らなくなります。更に若い世代に献血をお願いする事態になれば、若い世代もつぶれてしまうかもしれません。筋肉をつけるとは、時代に適用できる思想と必要な能力技術を身につけるという事です。その点では、グローバルに物事を考えつつ、それぞれのローカルで活躍できる場所と力を確保していくことが重要だと思っています。

以上