9月17,18,19日は、私の経営するベトナムの会社の社員旅行でした。今までは社員旅行にお金を出している余裕がない事を理由にほとんど社員旅行をしていませんでした。ただ、社員旅行くらいは何とかできる会社にしたいと思い始めるようになっていました。そこで今回は、めったに祝日のないベトナムなので、土日と日本の祝日が繋がるこの時期に社員旅行を決めました。
旅行場所は、ベトナム中部のシーリゾートとして有名なニャチャンに決めました。ニャチャンは最近日本でもベトナムで最も有名なシーリゾートとして取り上げる機会も増えているようです。飛行機を使うので、多少予算がかかりますが、私にはニャチャンにしたいある理由がありました。それはそのリゾートに行ったことがない私の事情にもありますが、最も大きな理由は昨年7月に交通事故で26歳で亡くなった女子社員の実家が近くにあるからです。社員全員で彼女の実家によって、お墓参りをしたいと思ったからです。今でもその彼女と交わした最後の言葉を覚えています。不動産の大家さんが、「部屋の修理費を払わない。入居者が支払え」といっていると聞きました。借主は「大家さんが払うべきものではなく、自分は払わない」といっている。そこで彼女は、自分ではらおうと思っていると私に相談をしました。
額が少ないこともあって、彼女が考えた両方に迷惑を掛けない誰にも迷惑を掛けない解決策だったのでしょう。私はその時、彼女を叱りました。「考え方が間違っているよ。あなたは大家さんに交渉するのが仕事です。交渉してダメなら借主に伝えなさい」その交渉に出かけたときにバイクにはねられ飛ばされ、頭を打ってなくなってしまいました。

昨年7月の放送でもその事をお伝えしました。ただ、私は彼女を通じて、ベトナム人のまじめさや人を大事にする思いやりの気持ちを教えてもらいました。それを契機に私の役割は、会社を存続させることと社員を守ることはどちらも同じように重要なことであると思うようになりました。小さな私の会社は、資金繰りの調整がつかず、頭を下げて給料の数日間の支払い遅延をお願いすることが今までに数回ありました。そんなときには幹部社員は「私の給料は少し遅れてもかまいません」と言ってくれるのです。構造的に赤字が続くときは辛い決断をすることが必ず必要になりますが、資金繰りの問題の解決には、幹部職員のこんな言葉はありがたいものです。

私はベトナムで事業をして思うことがあります。このような考え方は、単にサラリーマン的な考えではそのような考えにはいたりません。何の成果を得られなくても、毎月給料を得るのは当たり前と考える人にはそのような気持ちは生まれないでしょう。自分の会社は何とか自分も協力して支えようと考える意識こそが会社によってはとてもありがたい考えです。そのような考えは、自分の力で営業したり、自分で資金繰りしたりすることで身につける感覚のような気がしています。ただこれば、ベトナム人がすばらしいと言うよりは、主体的に経営に関わった人がそのようなものの考え方をするようになるということだろうと思います。
私もベトナムに来て9年になりますが、ようやく社員の会社を守ろうという気持ちに支えられていると思えるようになりました。以前は外国人を使うことの苦労ばかり思ったのですが、結局はお互いさまだと気がつきました。

そんな社員とニャチャンに旅行をしました。ホーチミン市から北東に450キロのところにあるニャチャンは、風光明媚なビーチや島々があるリゾート地です。
その地域はもともとチャンパ王国というビンズー文化が栄えた町でした。チャンパ王国の時代は、良質な漁港として栄え、マグロなども取れます。ニャチャンの歴史的変化により、ここにはポー・ガナールというチャンパ王国時代のビンズー寺院、ニャチャン大聖堂というカトリック教会、ロンソン寺の大仏という仏教
遺跡が点在している地域です。そこに7キロにわたるニャチャンビーチが横たわっています。近くの島々は、ダイビングスポットとしても有名です。そこで久しぶりにゆっくりしたひと時を体験することができました。シーリゾートはとてもきれいですが、ヒンズー、キリスト教、仏教と様々な文化が入り混じっている
この地域の深い歴史を感じたいと思ったのですが、若いベトナム人スタッフは
ベトナム初のテーマパーク「ビンパール」に関心があるようで、それを中心に
島巡りなどをして来ました。ニャチャンの街中は、ロジア語があふれていました。社会主義国同士の縁もあったのでしょう。寒いロジアは、ベトナムのようなリゾートに人気があったのでしょう。その影響で、今でもロシア人の訪問が圧倒的に多いようです。古い歴史ではなくベトナムの近代史を目の当たりにした旅でした。

社員旅行の話をしましたが、日本でもベトナムでも結局はみな同じではないかと思うことがあります。日本でも高度成長期には慰安旅行や社内レクレーションが盛んでした。皆が自分の会社だと愛着を持って一生懸命働いていました。自分が主体的に取り組んだときは、前向きに物事を考えられるものです。ただ、先進国で中間層の没落が始まっていることは、ごくわずかの富裕層だけが主体的に投資や経営を行うだけで、大多数の人は使われるだけの存在です。ある面では使い捨てのようなこともあるでしょう。そのような環境では、とても会社のために働くなんて気持ちにはならないだろうと思います。主体的に生きることは、人に使われるだけでは得られません。自分がどうしたいのかをはっきりさせる事です。
どうしたいかをはっきりさせるところは、意外と逆境や厳しい環境のときに判断の機会があるように思います。

人間の進化の歴史を聞いたことがあります。人類の祖先はアフリカでスタートしました。もともとはチンパンジーの同じ仲間だったようです。アフリカで木にのぼり、果物や種などを食べて生きていたようです。木に登る行動が、将来2足歩行を可能にしたといいます。では、チンパンジーがなぜ人類になったのでしょうか。それはアフリカ大陸の東側で大きな地殻変動が始まっていた事を原因のようです。ケニア山、キリマンジャロ山、タンガニーカ湖の辺りで地殻変動が進み、巨大な山脈が形成される中で山脈の東側の地域は、雨が降らないサバンナ(草原)になりました。森は消滅して、草原になりました。西側はジャングルのままで、チンパンジーは今までの生活を送ることができました。

ところが東側のチンパンジーは、木がなくなり果物が取れなくなりました。ライオンやヒョウのような肉食動物に襲われることも多くなりました。その中の一部チンパンジーは、2足歩行し、手を使い、武器を持って、仲間と協力して肉食動物と戦うようになりました。そのチンパンジーが手を使うことで脳が発達して、原人に進化していったと聞きます。その逸話は私に次ぎの事を教えてくれます。
環境変化の中で、今までの安定を保てなくなったものたちに一部は、新しい環境に適応するための努力を繰り返すことで、新しい能力を身につけることができるという事です。

ベトナムはようやく資本主義の経営スタイルが人々に根付き始めています。実はまだそんな時期です。今努力すれば、豊かになれると皆思っています。だから主体的の努力しようとします。ところが日本では、使われるだけの人の生活はどんどん厳しくなっています。将来の夢を懐けない人がたくさんいます。私は前回の放送で終盤に書いた事を伝える時間がなくなりました。今回そのさわりをちょっとお伝えします。私は世の中の環境の変化が進むときに、日本が行っている経済政策のままでいいのかと、かねがね感じていることをお伝えしようと思います。

日本の経済政策は金融政策の一本足打法であるといえます。金融政策とは何かというと、私が冒頭で会社の資金繰りの話をしましたが、ややそれに近いのではと思います。どこかの固定費を足りないところに移動をする事です。資金繰りは、今支払わなければならないものをお金が入るときまでちょっと待ってもらう操作です。今の経済を維持するために将来に借金をして、今の資金を融通する。これは国債の発行などです。金利を調整して、貯蓄するより、使った方が有利な金利に変更し、投資を創り出す。これは低金利政策や、マイナス金利の政策です。それが今、どんな状態を生んでいるのでしょう。マイナス金利政策で動きが大きいのは、不動産投資です。日銀のマイナス金利導入は、潤沢な資金を建設原資に向かわせています。本来の金融緩和の目的は、安い金利でお金を使いやすくして前向きな投資を呼び起こす事ですが、過度な金融緩和が実需なき投資、投機に使われるようになっている可能性があります。

ある時期に年金原資の7兆9000億円が運用損で消えていたとのニュースがありました。株価など変動資金で運用しているので、たまたまその時期に国内株や海外株の下落があったことによる一時的な現象との話で一件落着したように思います。その時は大きな話題にはならなかったようですが、私なりに奥が深い問題と感じたので、年金運用の仕組みなどをちょっと調べてみたことがあります。140兆円以上の公的年金資産の運用をするのが、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)です。その組織が年金資産運用を担当しています。名前だけが政府とは独立した存在であることを意味していますが、実態は政府の意向を反映していいます。実はこの団体は昨年運用ポートフォリオ(資産構成割合)を見直しました。どのように見直したかというと、それまで日本国債などの債券で60%の運用をしていたのを変更しました。増えたのは国内株式が12%から25%、外国株式が12%から25%、外国債券を11%から15%に引き上げました。債券中心から株式に大きくシフトしました。年金原資は大きな資産ですので多少の割合の変化で大きな額が動くことになります。要約すると、将来の年金資産は安全性の原則よりは、現在の株式相場、言い換えれば日本経済を維持させるために政府の都合で使われているのです。

日本経済にとって企業にお金がまわるために日経平均株価を何とか維持しようとしています。株価が安定していることがアベノミクスの成果といわれることがありますが、このような資金を使って安定させているだけという見方もできます。もしそうであるとしたら、株価を維持しないと運用損が発生することになりますので、株価下落局面では絶えず資金を投入しなければいけなくなります。日経平均が実体の株価よりも高ければ、どこかで下げの圧力が出てきますから、絶えずそのようなリスクが発生します。このような官製相場では、株価を維持し続けなければならないような事態になります。年金資産はいずれ安定した資金に変えないといけないので、株価が上がったときに売却しないといけません。ただ官製相場で引き上げているとしたら、上がる機会は少ないでしょう。年金の投入量が増えすぎると、株価の高いときに一気に売却したとしたら、株価は一気に暴落する危険性をはらんでいると思います。日銀が今年7月末に発表した金融緩和策は、日銀がETFを買い入れるというものでした。何のことかわからないのであまり問題にならなかったと思いますが、ETFとは上場投資信託の事です。日経平均株価に反映する株式を買い取るという事です。公的年金原資の管理機関や日銀が、上場株式の購入に躍起になっているという事です。これはある面では、公的資金で株価を維持させていると考えることができます。

今の日本人にとって大切なのは、正確に国の実情を知ることでしょう。国の経済政策で景気が回復すると単純に思うことは危険です。苦しくなり始めているのに将来の資金をとりあえず先食いさせているのであれば、危機に気がつかないまま、将来に向かってしまいます。早めに手を打った人は助かりますが、気がつかなかった人は助かりません。まさに「ゆで蛙」の状態です。日本経済は当面以前のように景気が復活することはないでしょう。今までの先進国に共通した現状です。

今までの方法が通じなくなっているとしたら、経済の構造を変えていくことしかありません。それがよく言われる第三の矢です。第三の矢、構造改革って何でしょう?これは大変難しい問題ですが、私なりに思っていることを伝えます。まずは政府や人に頼っていても、豊かな経済にはならないこと悟る事です。自分の力で乗り越えて行こうと考える人だけが、第三の矢を得ることができるのではと思います。少子高齢化の中で社会保障を増大することは不可能です。そのため一人ひとりが生きる力をつける努力を早い段階からすることだと思います。ベトナムにいると日本は休みが非常に多い国です。私の場合、土曜日も休みではありませんし、国民の祝日はベトナムでは8日程度です。日本は圧倒的に休みが多い国です。だから、それを利用して好きなことや、将来やりたいことの準備をするべきです。将来やりたいことの準備に大切なのは、私なりの経験でお伝えします。

第一が最初からお金儲けを意識しすぎないことです。すぐにお金儲けできることなんてほとんどありません。第二が時間がかかる事を承知しておく事です。勉強したり、熟練しないと人から評価を得られることはできません。第三がやりたい事をやり続ける事です。苦手なことや嫌いな事をやる必要はありません。そのような事を趣味や副業として訓練していくと時間とともに副産物が生まれてきます。それによって、仲間や人脈が次第にできてきます。すべて自分だけではできませんから、仲間はとても大切です。それが人生後半の生きるためのコミュニティーになるでしょう。それとともにだんだん自己のブランド化が進んできます。優れたアマチュア写真家だったり、品質の高い野菜つくりの名人だったりです。そうなると年をとってからも価値ある存在になり、人から必要とされるようになります。

私はベトナムで9年目ですが、潤沢に稼げるわけではありませんが、何とか事業を継続させることができるところまでは四苦八苦してやっています。一部の人にはベトナムのことは、私に相談した方がいいと思われるようになりました。私が以前いた保険会社の経営企画部から、ベトナムでの情報の相談も受けたことがありました。大成功するところまでは難しいのですが、長く続けているとそんな頼りにされることも増えてくるのはうれしいものです。第三の矢、構造改革とは、一人ひとりがそんな生き方を探せる社会を作ることが、それにあたると私は思っています。

以上